第40話 囚われの姉妹

 先も見えない雑木林の中を、キャシーは元の猫の姿のまま走っていた。

 飛ぶように走りながらも、彼は正確にそして着実に赤髪の忍び装束の男を追っていた。


 化け猫である彼の鼻が探知する匂いは、体臭だけにとどまらない。霊力や妖力の残滓を捉えることができる。


「これは……」


 やかて彼はとある家屋をその目に認める。

 それには見覚えがあった。


「時と華の家……」


 幻術で作られた、存在しない建物と思っていたが、どうやらそうではないらしい。


 ――時と華も、本物がいるのか……?


 どうやら匂いがその家に入ったことは確からしい。

 キャシーは家に侵入し、天井の隙間から屋根裏に忍び込んだ。


 木の隙間から下の部屋を偵察しながら、あの男を探す。

 下には男の仲間であろうか。黒い僧衣のようなものに身を包んだ人間が何人も見えた。霊力の匂いがする。


 ――妖力……?


 人間が持つ霊力の匂いの中に、2つの妖力を感じる。

 キャシーはそれの持ち主を確かめるべく、残滓を追いかけていく。


 ――時と華……?


 長い茶髪と銀髪。身につけている衣服も、彼女たちの容姿も、あの家で見たものと全く同じだった。


 違うのはそれぞれの髪の色と同色の耳と9本の尻尾がある点と、首に付けられた首輪だ。


 他の部屋と変わらない和室の中で、2人は言葉をかわすこともなく、ただ俯いて座っている。


「食事はいらねぇのか? 」


 襖を開け、男が1人入ってくる。

 赤髪に忍び装束。キャシーが追っていたあの男だ。


 男の問いかけに華は首を横に振るだけである。

 時の方も人形のように表情を崩さないまま、なにも言わない。


「安心しろ。麗姫様はしっかりと働いてくれてるよ」


 場には重苦しい沈黙だけが流れていた。華は遠目からでも怯えているのがわかった。


「時だけでも、解放してください」


 震える声で華が言った。

 しかし、赤髪の男はニヤニヤと笑うばかりで、返答する素振りは見せない。


「いつまで私たちを閉じ込めておくんですか。もう亡雫は渡したでしょ? 」


 キャシーにはぼんやりと話が見えてきた。


 麗姫は、あの2人を人質に取られている。

 大妖怪である彼女が人間の指示に従う理由など、それしかあるまい。


「まだお前たちと麗姫には利用価値がある。それが終わるまでは大人しくしてろ」


 男は華の首輪に手を触れた。


「この首輪がある限り、お前達は何もできない」


 ――なんだ? あの首輪に、何かあるのか?


 キャシーはもっとよく観察しようと体勢を変える。

 だが、いきなり動いたせいで木が軋み出した。


「誰だ!? 」

「にゃあ」


 キャシーは目いっぱいの媚びた鳴き声で、猫であることをアピールする。


「猫、か……」


 男が向けていた敵意を伏せ、彼はほっと一息つく。


「待て、猫……? 確かあいつらの仲間にも猫が……」


 後少しで騙し切れるかというところ、男は記憶の底からキャシーを引き当てた。


 ――まずい!


「一応、殺しておくか」


 男は手裏剣を取り出し、投擲しようとしている。


 キャシーはやぶれかぶれで妖力を解放し、三又の猫に変身した。

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