第39話 大妖怪

 莫大な熱量。常人であればそこにいるだけで焼け死ぬような、圧倒的な火力がその場を支配していた。


 地に倒れる空亡。その身体は黒く染っている。

 高火力の炎で焦げた肉体が、麗姫の攻撃が本気のものであったことを物語っていた。


「結界外に娘共を弾き出したか。まぁ、お主だけ足止めすれば、奴らも文句は言わんであろう」


 死んでいる、空亡の状態はそう判断されても何ら不思議はなかった。

 しかし、彼はゆっくりと立ち上がった。


 腕を使わず、まるで糸で引っ張られるようにして、徐々に徐々に身体からだが持ち上がる。


 ギョロっと目が動いた。と同時に、焼け焦げた黒い皮膚が再生していく。

 時間が巻き戻って、その肉体は完全に元通りになった。


「やはり、これしきでは死なぬか」


 麗姫は泰然自若として、着物の袖に手を突っ込んだまま些かの動揺も見せない。


「お前、俺に勝つ気でいるのか? 」

「そこまで思い上がってはおらぬ。ただ、お主をここに釘付けにするくらいはできるぞ? 」


 彼女は不敵に笑う。妖力が解放され、再び2人の妖怪を囲むようにして炎が走った。


「あのガキ共は幻術だろう。本物はどこだ? それが人質ってわけか? 」

「……答える義務などない」


 暫時、沈黙が流れた。それを破ったのは空亡が高笑いする声であった。


「はははははっ、お前はやっぱり人が良すぎる。嘘もつけんとは」

「……1つ、聞いておきたい」


 空亡は一瞬で笑いをやめ、真顔に戻った。


「なぜ、そうまでしてあの女子を守る? 最強の大妖怪であるお主が、なぜ人の子の下僕に甘んじる? 」

「……“推し”ってやつだよ」

「なに? 」


 空亡の四肢から、それまで隠されていた妖力が次第に解き放たれる。

 2人を取り囲んでいた炎がそれに押され、空亡の周囲だけ何事も無かったように鎮火した。


「デビュー曲、『あなたのもとへ』。ファーストアルバム、『龍のように』。セカンドアルバム……」

「何を言っておる!? 」


 麗姫には、空亡が発する言葉の羅列の意味がわからなかった。


 彼は姿勢を低くし、臨戦態勢に入る。


「“リコ”のCDだよ! 」


 瞬間的な移動で、彼は麗姫の眼前へと移動し、その顔に掌底を叩き込んだ。


 後方へ飛んだ彼女を空亡は追撃する。


「俺たちの契約は大した禁則事項も定められていない。だからよ、最初は適当なところで無理やり契約解除してやろうと思ってたんだ」


 妖力を纏わせた拳による衝撃波。麗姫の腕は千切れ、空に舞った。


「でもよぉ、あいつの曲聴いた途端に……心臓に電気が流れたんだよ! 」


 転がる彼女を前に、空亡は自分の心臓を指し示し、大袈裟なジェスチャーで己を表現する。


「あいつのためだったら、俺は世界だって滅ぼせるぜぇ! 」


「訳が分からぬ」


 麗姫の腕は急速に再生していく。断面から、骨が、筋肉が、その繊維が、そして皮膚が蘇っていく。


「普段は抑えるのが大変だぜ? この気持ち」

「その結果が、人の飼い犬という訳か? 」


 空亡はぐっ、と口元を上げ顔を歪ませる。


「美人に飼われるのは嫌いか? 」

 麗姫も息を吐くようにして1つ笑う。

「悪くはなさそうじゃな。お主が、羨ましいくらいには」


 瞬間、拳が衝突する。

 余波で大地にクレーターが生じ、大気が悲鳴を上げた。


「久しぶりに、思い切り戦える」


 麗姫の顔は喜びに満ちていた。


「ははっ、推しだとか人質だとか言っても、所詮俺らは妖怪って訳か」


 空亡も同じであった。


 妖は己の力を振るう時、そこに喜びを感じる。

 全力を出す機会も、相手も不足している大妖怪であれば、それはなおのことであった。


「あはははははははっ! 」

「ふはははははははっ! 」


 2人の大妖怪は大きな笑いを上げながら、殴り合う。

 お互いに防御しようなどとは一切考えていない。


 空亡によってえぐり取られた麗姫の顔も、麗姫の炎で焼かれた空亡の火傷も、全てが即座に再生する。


 これこそが大妖怪同士の戦いであった。

 圧倒的な妖力による、超速度の治癒術。故にその戦いは長引く。


「“奇炎壊陽きえんかいよう”! 」


 麗姫は後ろに大きく飛び退き、地に手をつけ妖力を流し込む。


 地面から無数の炎の柱が、光線のようにして飛び出し、空亡を襲った。


「がああああああああ!! 」


 避けきれず、柱に焦がされる。

 しかしすぐさまその炎をかき消すと、身体を再生させながら空を飛び、空亡も術を使う。


「“天津あまつ 落日らくじつ”」


 天から降り注ぐ無数の光。次元を破って招来したそのエネルギー波は、大地を破壊した。


 麗姫は、空亡の眼前に躍り出る。左上半身を失ったままの状態であった。


 回復しながら彼女は空亡に打撃を打ち込む。

 空亡からの当然の反撃。


 鮮血を振りまきながら、彼らは空中戦を繰り広げる。

 肉が抉られ、骨が突き出る。

 それらが一瞬で再生し、また傷を負う。


 終わりの見えない攻防が続いていた。


「おらぁ! 」


 空亡の渾身の蹴りが、麗姫の腹に叩き込まれる。

 横薙ぎの蹴りは、彼女の身体を折り曲げ、そして吹き飛ばした。


 地に叩きつけられた衝撃で、大地が大きく裂けていく。それは巨大な地割れとなって新たな谷を形成していた。


 裂けた大地から爆炎が上がる。

 この世の終わりを思わせるその光景は、人間が見れば灼熱地獄と見間違うだろう。


 その地獄から浮き上がる麗姫。

 既に傷はなく、薄らと笑みを浮かべている。



 大妖怪2人の終わり無き戦いは未だに出口が見えない。

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