第38話 最高の結界使い

 空気がひび割れるような激しい霊力のぶつかり合いを制したのは、葵の結界だった。


 ライコウは後ろによろめき、刀は弾かれる。


 ――やっぱ葵ちゃんの結界術には勝てん……!


 結界術は基礎的な霊術の1つである。巫女や祓魔師であれば使えない者はいないだろう。


 しかし、葵のそれは常人の使用するものとは格が違う。

 硬く強靭。そして――


「“一重結界ひとえけっかい 撃式げきしき”」


 ――自由自在だ。


 葵の結界はその形を変化させ、銃弾となってライコウを穿つ。

 全身に霊力の弾丸を受けた式神は、その場に倒れ伏した。


 葵が繰り出した弾丸は、その1つ1つが結界である。

 つまり、彼女は数百、数千という結界を同時に操り、またその形を自在に変える技術を持っていた。


「“二重結界ふたえけっかい 封式ふうしき”! 」


 ライコウが戦闘不能になったことを確認した葵は、すぐさま今川を捕らえにかかった。

 今川を囲むようにして、彼女の結界が張られる。


 ――霊力を封じる結界……! なら!


「“再臨”! 」


 今川は封印の効果が現れる前にもう一度ライコウを召喚した。

 数年前には会得していなかった、式神の即時再召喚。式神術の中でも最高難易度の技である。


 もはや、ライコウにクールタイムは存在しなかった。


「ライコウ! 外から結界を壊して! 」


 主人を囲む鳥かごを、ライコウは見事に一刀両断した。

 封じることに特化した結界は、外からであれば容易に破壊できる。


「相変わらず良いボディガードだね」


 言いながらも葵は既に次の手を打っている。


「“針籠”」


 結界を針の形にして発射する。その様子は結界というよりも、粘土に近いような変化の多様性を持っていた。


 今川はそれを空へ飛び上がってかわす。


 葵はそれを狙っていた。


「“針のむしろ”」


 四方八方から今川に向かって結界で生成された針が迫る。


「設置式の結界!? 」


 予め生成しておき、対象がそこに踏み入った時初めて発動する罠型の結界。

 常に設置した結界の霊力を操作しなければならず、難易度は極めて高い。


 ましてや、特殲との戦闘という圧倒的に高度なマルチタスクをこなしながらの使用は、恐らく葵にしかできないだろう。


「ライコウ! 」


 式神は主人に手を伸ばし、針が彼女の身体に突き刺さる寸前、その巨大な手で彼女ごと結界を握りつぶしてみせた。


「……ふぅ、危なかったわ」


 今川には傷1つない。ライコウは手を握りこめ、結界だけを壊すと主人を潰す1歩手前で力を弛め、結果的に結界だけを破壊した。


 主従の信頼関係がなければなせない技である。


 ――葵ちゃん、しばらく一緒に戦ってなかったけどまた強くなっとる……。このままじゃあかん。


 葵の成長速度は異常であった。

 特域殲魔課という最精鋭部隊に属する以上、今川も潜在能力は高い。だが、葵は他のメンバーと比べても群を抜いて進化が早かった。


 先程の設置式結界も、数ヶ月前まではできなかった技だ。

 霊力の質も出力も、その全てが今川の想定していた以上に成長していた。


 葵は既に左手で印を結びつつ、右手に逆手に持った小刀を構えている。


 その肉体から発せられる闘気は、21の若さにして歴戦の猛者を思わせるものであった。


 今川がもう一度ライコウによる攻撃を試みようとする。


「酒鬼……」


「……ねぇ、明那ちゃん。もうやめよう? 」


 葵の身体から嘘のように闘気が消えた。

 拍子抜けした今川は、ライコウへの霊力移譲を取りやめた。


「明那ちゃん、全然戦う気ないんでしょ? ライコウに送ってる霊力の操作も覚束無いし、質も出力も最悪。だから防戦一方で反撃できない」


 今川は、無意識であった。

 無意識のうちに仲間と戦うことに疑問を感じ、力を弱めていたのだ。


 葵が成長しただけでは無い。

 この戦いが葵の圧倒的優勢のままに進むのには、彼女の精神的な要因も重要な要素である。


「そんなこと……」

「ねぇ、リコちゃん達のことそんなに信じられない? 」


 しばし間が空いた。

 今川にとっては、時々テレビをつけたら見かける芸能人の1人。

 リコの性格も、普段の言動も彼女は知らない。


「当たり前やろ。話したこともないのに」

「だったら、1回だけ本人と話をしてみてもいいんじゃない? 」


 ライコウの身体が薄く、半透明になり背後にある景色が透けて見える。


 今川の霊力移譲が弱まっている証だ。


「それでも信じられない? だったらもしね、もし、リコちゃんが空亡の力を悪用しようとしたら、私が責任を持ってよ」


 今川は薄い糸目を見開いた。

 自分にとっての全てであると断言した存在を、葵は自ら殺す覚悟がある。


 そして、それはリコは決してそのような事はしないと、全幅の信頼を寄せているからこそのものであった。


「どう? まだ納得出来ない? 」


 しばし考え込む今川。

 ライコウは既に消えていた。


「……わかったわ。確かに焦って決めることでもないな」


 2人は互いに武器をしまい、一時休戦の形を取った。


 葵がほっと息をついたのも束の間、激しい熱、衝撃、音、それら全てが少しずつ足並みを乱しながら、一斉にやってきた。


 爆炎が、上がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る