第37話 今川明菜③
妖怪はまだその場を離れていなかった。
人語は喋れても知能は高くない。上級妖怪の中では力の弱い部類に入るだろう。
しかし、訓練生達にとっては脅威以外の何ものでもない。即座に排除しなければ、死者が出ることは避けられない。
「俺が幻惑術で撹乱する。火力はおめぇの方が上だ、ライコウで倒せ」
「分かった。気をつけてな」
今川は物陰に隠れながら、妖怪の背後へと回り込み奇襲に備える。
「おい! デカブツ! 」
草むらに隠れていた西郷が妖怪の前に躍り出て挑発を開始した。
「……食ってみろよ」
それに乗ったのか妖怪が腕を大きく振り上げ、拳を打ち下ろす。
自動車並みのスピードで迫るそれを、西郷は難なくかわして見せた。
「“影代わり”! 」
己の肉体を影にし、攻撃をいなす。
妖怪は何が起こったのか理解できず、空を切った拳を見つめている。
「今だ! 」
「“ライコウ”! 」
錫杖を鳴らし、ライコウを再び召喚する。
ライコウは背後から大太刀を振り下ろし、単眼の首を狙った。
「あれ? さっき殺したと思ったのに」
あと数ミリでその首を切り落とせる、というところで妖怪は身をかわし、大太刀は地面にめり込む。
妖怪の拳がライコウに向かう。まともにくらえば、今のライコウにはひとたまりもない。
「“影刺し”! 」
その拳を影が貫く。槍となった影は妖怪の拳をその場に縫いつけた。
「“
今川は、ライコウに自らの霊力を流し込みそれを太刀に纏わせて攻撃した。
霊力操作に長ける彼女の霊力移譲は、霊力の出力を何倍にも高める。
「がああああああああ!! 」
ライコウの太刀は腕を切り裂き、妖怪は苦痛に歪んだ声を上げる。
「そのまま押し切って、ライコウ! 」
もう一太刀、今度こそ首を狙う。
だが、敵はまだ健在であった左腕でライコウの太刀を掴み、そのまま体を回転させるようにして投げ飛ばした。
「ライコウ! 」
敵はライコウを排除すると、術者である今川に狙いを定めた。
彼女を踏み潰そうと、妖怪は足を上げる。
「させるか! 」
西郷はその顔に飛びかかり、目を鎖鎌で斬ろうとする。
その刃が届くより先に、妖怪の手が彼を払った。
「ぐあっ! 」
苦悶の声を上げ、木に叩きつけられる。
「西郷はん! 」
妖怪の足元をスライディングでくぐって、今川は西郷の元へ。
見ると、左腕が折れ曲がっているのが分かった。
「逃げろ……」
「できる訳ないやろ! 」
彼女は錫杖を構え、ライコウを起き上がらせると、自分たちの前に配置した。
なぜ自分がここまでする必要があるのか。彼女には分かっていなかった。
ただ、考えるより前に身体が脊髄反射的に行動を起こしていた。
「死ぬぞ……」
「西郷はんだけ死ぬのはもっと嫌や! 」
――そうか。うち、この人に死んで欲しくないんや。
「……もう一度だ。もう一度、俺が奴の気を引く」
「でも、その腕じゃ……」
「陽動くらい片手で十分だ」
西郷は鎖鎌を投げ捨て、右手で印を結んだ。
「もうこれっきりだ。失敗したら終わりだぞ」
彼の言葉に、今川は力強く頷いた。
「“千夜影狼”! 」
4人に分裂した西郷は、一斉に敵に飛びかかる。
1人は顔に、1人は腕に、1人は足に。
「なんだお前! 邪魔だ! 」
そこまで群がられては、妖怪も対応せざるを得ない。
1人、また1人と西郷の分身は叩き落され、影となって消えていく。
「やれ! 今川ぁ! 」
最後の分身が消え、いよいよ彼の本体に妖怪の手が伸びてきた。
その時、ライコウの身体から爆発的な霊力が発せられた。
今川は全ての霊力をライコウに注ぎ込み、渾身の一撃を放つ。
「“
ただでさえ大きいライコウの太刀は、霊力によって強化されより大きく、そして強くなっていた。
刃が妖怪の脳天を切り裂く。
「ぐぎゃあああああ! 」
真っ二つに裂かれ、息絶えた妖怪は衝撃波でその肉体を崩壊させた。
「はぁっ、はぁっ」
息を切らす2人の若者。
「お前、それが素なのか? 」
彼の言う言葉が理解できず、一瞬の間を置いた後、今川は理解する。
「あ、これはちゃうの! じゃなくて」
「いいだろ、別に。そっちの方が喋りやすいなら。美人の方言は得だぞ」
羞恥からか今川は少しだけ頬を赤らめた。
「前から思っとったけど、西郷はんはセクハラしすぎや。気持ち悪いで」
言ったあと彼女は後悔する。
――ど、どないしよ……。昔の調子に戻ってまう。
「ご、ごめんなさ……」
「ははっ! はははははっ! 」
彼女の心配とは裏腹に、西郷は大きく笑って目に涙を浮かべている。
「いやすまん。面と向かって軽口叩かれたのは久しぶりでな」
彼は懐かしむようにずっと笑っている。
「い、嫌やないの? うち性格悪くて素になるとすぐ悪口が……」
「こんな野郎と一緒に命かけて戦ってくれた奴が性格悪いはずないだろ。いいんじゃないか、面白くて」
今川の心臓が高鳴った。
3年間、自分を隠して生活してきた彼女は、もはや息苦しさすら忘れかけていた。
少しだけ微笑んで、彼女はありのままで話す。
「今のセリフ、ちょっと臭いで」
ひねくれていて、口が悪い本来の彼女は、憑き物が無くなったようであった。
「でも、戦ってる時の西郷はん、ちょっとカッコよかったで」
「そ、そんなことないやろ。へへっ」
「焦ると関西弁に戻るんやね」
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