第34話 ライコウ

「どこまで逃げるんや! 」


 葵を追う今川は、激しい焦燥感を感じていた。


 ――あの莉子って女の子、なんか嫌な予感がする。はよ合流せんと、西郷はんが……!


 やがて、2人は開けた場所に出た。


「ここまで来ればいいかな」

「葵ちゃん! 大人しく降参してや! うち、痛い思いなんかさせたない! 」


 錫杖を構えつつも、今川は最後の説得を試みる。


 しかし、葵もまた霊術で隠してあった短刀を顕現させ構えた。


「無理だよ、明菜ちゃん。だって、そうしたらリコちゃんが死んじゃう」

「どうしてそこまで……! 」


 白柄の短刀を鞘から引き抜き、それを強く握りしめ、葵は答える。


「リコちゃんは私の太陽であって、星であって、月でもあるの。私の全て。もし、2人がリコちゃん連れて行って、その結果あの子が死んじゃったら……」


 10メートルほど離れている今川のもとまで、葵が短刀を握る音が聞こえる気がした。


「私、2人のこと……殺しちゃうかもしれない」


 今川は強い恐怖におののいた。

 普段は快活で、笑顔を絶やすことなく、特殲の中でもムードメーカーとして知られる葵。

 そんな彼女の、本気の殺意が初めて己に向けられていた。


「だからさ、明菜ちゃんこそ諦めてよ。どうせ失敗しても夜子さんが庇護してくれるよ? 」

「それは……」


 仲間と戦いたくない、人殺しもしたくない。

 それは本心である一方、空亡の復活を阻止したいという思いもまた、本物であった。


「リコちゃんも、あの空亡くんも、無闇に力を振るったりしない。近くで見てきた私が断言できる」

「信じられんよ、そんなの」


 今川は莉子とも、空亡とも話したことがない。

 人は、未知なるものを恐れるものである。


 彼女らの人となりが分からないという未知が、今川を恐怖の鎖で縛っていた。


「じゃあ、無理やり分からせてあげる」


 葵は、本気だった。

 本気で仲間と戦おうとしている。


「後悔して、泣いたりするんやないで」

「しないよ。負けないもん」


 錫杖の柄を地面に突き立てる。

 雷のような音を立てながら、それは現れた。


「“ライコウ”」


 次元を歪め、その狭間から巨大な甲冑武者が出現する。

 鋼鉄の刃すら弾く太く強い筋肉を、着込んだ重装の鎧が保護していた。

 身長は、8メートルはあるだろうか。


 手に持つ太刀もその体躯に見合った大きさであり、妖ですら一撃で斬り伏せるだろう。


 彼女、今川明菜が契約した式神は、付喪神つくもがみである。


 物には魂が宿る。

 付喪神は、物に宿った魂が神格を得てこの世に現れたものだ。


 彼女が契約しているのは、神通力は無くとも神の1柱なのである。



「相変わらずおっきいね」


 葵も、ただ眺めているだけでは無い。

 既に印を結び、霊術の発動を準備していた。


 ライコウの太刀が、葵の細い身体に振り下ろされる。


「“一重結界ひとえけっかい 守式しゅしき”」


 太刀と結界が衝突し霊力の押し合いとなる。



 ――西郷はんのところに、はよ行かな!

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