第33話 鎧袖一触

 莉子の首筋に、鋭く研がれた鎌の刃が迫る。


 ――半殺しにして、治癒術で治せばいいだろ。


 そう判断した西郷は、迷わずに急所を狙ったのである。


 抵抗もなく、その刃は莉子の首を直撃した。


 しかし、まるで鉄に当たったかのような高い音を立てて、その刃は弾かれる。


「はぁ!? 」


 西郷は驚きつつも、一気に距離をとる。


「霊力で皮膚を強化してがったか」

 ――しかし、こいつ……あれだけの出力を出せるのか……。


 刃こぼれした鎌を見て、彼は彼我の力量を測り直すことになる。

「一筋縄じゃいかねぇか」



「じゃ、今度はこっちの番ね」


 消えた。

 彼は一瞬、自分と同じように幻惑術を使ったのだと思った。だがそうでは無い。


 莉子は単に高速で動いただけだ。


「ごはっ! 」

 莉子の拳が西郷の鳩尾みぞおちにめり込む。胃の内容が外に吐き出された。


 木々をなぎ倒しながら西郷は吹き飛ばされる。


 彼が苦痛に歪んだ目を開けた時、彼はまだ空中にいた。

 その眼前には、莉子が既に2発目の攻撃を準備している最中であった。


「よっ、と」

「があああああああ! 」


 顔面に拳を叩き込まれ、後頭部から地面に埋まる。

 彼は未だに状況を飲み込めていない。


 ――なんだ、この女……! 巫女でもないやつが、これだけの霊力を出力できるのか!?


 体制を立て直した彼に、続けざまに連撃が打ち込まれる。


 ――速い! しかも、おめぇ!


 特殲として強力な妖怪とも相まみえてきた彼の目にも、その攻撃は見切れなかった。


「馬鹿な! 四条紗奈と血は繋がっていないはず! 」


 防戦一方、彼はただ殴られ続ける。


 次第に、西郷はある違和感を感じ始めた。


 ――なんだ、霊力を、感じない?


 莉子の拳からも、蹴りからも、霊力が発せられている様子はない。


 西郷はある結論にたどり着く。しかしそれは、彼にとっては悪夢を事実として突きつけられるのと同じだった。


 ――この女、霊力なんか使ってない! まさかこいつ……素体の力でこれか!?


「お、お前、なぜ霊力も使わずにこんな膂力りょりょくを……」

「忘れたの? 私は、空亡と式神契約したのよ? 」


 ――そうか! 妖怪と契約したことで、こいつ自身も妖の力を……! だが、空亡の力にここまで順応するのか!?


「この、ゴリラ女が……! 」

「女の子にそういうこと言うと、モテないわよ? 」


 再び莉子の攻撃が始まる。


「なぜ霊力を使わねぇ! 」

「そんなもん使って殴ったら、あんた粉微塵になっちゃうでしょ」


 西郷は口から血を流しながらも、急所への攻撃だけは何とか防いでいた。


 彼もまた確かな実力者である。


「“影代かげがわり”! 」


 莉子の拳が当たった瞬間、彼の身体は黒い影となって霧散する。


 西郷はまたも背後に回った。


 だが彼が繰り出した鎖鎌による攻撃を、莉子は身体を翻し、バク転する形でいなした。


 コンマ秒単位での攻撃であったが、莉子はそれを完璧に避けてみせた。


「どういう運動神経してんだ……」

「アイドルなんだから、これくらい当たり前よ」


「チッ、“千夜影狼せんやかげろう”! 」


 2人、3人、4人。西郷は己の身体を次々に増やしていく。


「忍者みたいね、あんた」


 莉子は尚も余裕の表情でそれを見つめている。


「同時に攻撃されれば対応できねぇだろ! 」


 6人に増えた西郷が、莉子を囲むようにして、一斉に切りかかる。


「6人で一気に喋らないでよ……うるさいから」


 彼女は地面に掌底を叩き込んだ。

 発せられる強力な衝撃波。せっかく作り出した分身は、全て木っ端微塵に粉砕され、影となって消えた。


「なんでもありかよ……!」


 再び霊術の発動を試みる西郷に、莉子は声をかける。


「そろそろ諦めなさい。あんたが死んだら葵だって悲しむわよ」

「できるかそんなもん! 俺たちにとって、任務は絶対だ! 」




「“竜骨”」


 莉子の拳が、彼の顔を掠めた。

 今までのように加減されたものでは無い。霊力を纏った、本気の拳だ。


 轟音。爆音。

 どう形容しても過小に聞こてしまうほど、激しい音を立てて森の大木は空に舞い、地面は抉り取られた。


 西郷の背後にあった森の1部。

 莉子の拳から直線上にあった森の1部が、そこだけ竜巻が通ったように、草木1本残らず破壊されていた。


 切れた西郷の頬から、一筋の雫が垂れる。



理解わかれよ――。見逃してやるって言ってるのを」


 彼女の言葉で、西郷は膝を震わせながら全てを悟った。


 ――ああ、これ、無理や……。


「ははっ、降参や。太陽が落っこちても勝てん」


 へたり込むように座り込む西郷。

 アザと血にまみれた彼の身体と、汚れ1つない莉子の身体。それが、両者の力の差を火よりも確かに示していた。



「空亡……は心配要らないか。葵は大丈夫かしら」

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