第31話 時と華

 麗姫の家を出てからおよそ1時間。

 ようやく九尾の子供が住まう隠れ家に到着した。


「今度は壊すんじゃないわよ」


 空亡に釘を刺し、私達は結界を解除して中に入る。

 麗姫が2人に事情を伝えておいてくれる、との事だったのですんなりと入ることができた。


「おーい! 誰かいないか! 」


 2人の隠れ家は麗姫の物ほどではないが、とても立派なものだった。

 とても子供2人で住んでいるとは思えない。


 玄関の前で、空亡が大きな声で呼びかける。

 すると、中から震えた声で返事が帰ってきた。


「は、はーい」


 戸を開けて出てきたのは、人間でいえば13歳くらいの女の子だった。

 腰ほどの長さの綺麗な茶髪をなびかせ、私達に頭を下げる。

 紫陽花柄の黒い着物がユラリと揺れた。



「よ、ようこそいらっしゃいまして。本日は、お日柄もおよろしくて」


 おそらく使ったことが無いのであろう敬語を話す。


 その後ろから、もう1人、同じ歳くらいの子供が姿を現した。


「わ、私は華と申しますです。こ、こちらは時でございましてからに」

「敬語やめていいぞ。というか敬語になってない」


 時と紹介された女の子は、華によく似ていた。目鼻立ちがはっきりしており、髪の長さも同じだが華とは違ってこちらは銀色だ。


 着物も色違いで、白いものを着ていた。


「あの、私達が拾った石について、お話があるって、聞いたの」


 華は敬語を使うのをやめて、私達を家の中へと招き入れた。


「な、中に置いてあるの」


 私達は顔を見合わせ、招かれるままに家に上がった。

 木造建築特有の匂いが、鼻腔をくすぐる。


「莉子、なんか変な感じだ」


 肩に乗せたキャシーが、小さな声で耳打ちする。


「変な感じって? 」

「なんか、あっさりし過ぎというか、まるで台本でもあるみたいに話が進んでる」


 言葉に耳を傾けながらも、案内されている以上は進まない訳には行かない。

 空亡と葵も先に進んでいる。


「ここに、置いてあります」


 屋敷の長い廊下を3分の1ほど過ぎた所にある部屋に入る。

 中は飾り気がなく、大きな机の他には箪笥たんすなどの収納物があるのみだ。


 机を囲むようにして座り込む。私を空亡と葵で挟む形であった。


「これ」


 2文字だけの単語と共に、時が箪笥から何かを取り出し、机に置く。


 昼間の光を反射するそれは、美しくも怪しく光を発しており、夜子さんが持っていたものと見た目は同じだった。


「どう? 空亡」


 隣に座る空亡は、じっとそれを見つめ、その後呟いた。




「……違う。これは亡雫では無い」


 すると、彼は目を見開いて勢いよく顔を上げた。

 視線の先には、時と華がいる。


「どうしたのよ」

「お前達、どこにいる?いや、お前達は、なんだ? 」


 何を意味のわからないことを言っているのだと、彼を詰めようとしたその時。


 横から葵の手が伸びるのが見えた。



 顔に暖かい液体がかかる。

 それが葵の血だと気づくより先に、体に感じる重さ。


 彼女が私を庇うようにして覆いかぶさって倒れている。


「ちょ、ちょっと葵! どうしたの……」


 手に少し粘度の高い、赤い水が触れる。


 葵の腹から流れ出たものであった。


「っ! 空亡! 」

幽世かくりよ! 」


 私が彼の名を呼ぶより早く、幽世によって私達は屋敷の外に瞬間移動する。


 時と華はいつの間にか姿を消していた。


「葵! しっかりして! 」

「うぁっ……うぅっ……! 」


 私の呼びかけに、彼女は呻き声を出すだけだった。


 腹部に矢が刺さっている。傷口から流れ出る血はいっこうに止まらず、瞬く間に血の海が広がり始めた。


 ――ただの矢傷じゃない。毒か……!


「空亡! 葵を治して! 」

「わかっ」


 空亡が答えるより早く、彼の元へ火球が飛んでくる。


 すんでのところでそれを防いだ空亡は、その攻撃の犯人へと目を向けた。



「なんのつもりだ……麗姫」


 金色の髪、狐の耳と尻尾。

 そして、大妖怪としての、圧倒的な格。


 恐怖を感じるほどの美しさを持った妖怪が、私達の前に立ち塞がった。



「女子を傷つけるような真似はしたくはないが、止むを得ぬ」


 そして、その傍らにもう1人。


「残念だったな、嬢ちゃん達。亡雫はもう貰っちまったよ」


 忍び装束を着た、赤髪の男。右半分の髪だけを伸ばしていて片目を覆っている。背中に弓を背負っていた。


 彼は隠れていない方の目を歪めながら、私達に結晶を見せつける。


「亡雫……」


 本物の亡雫であった。服装からして、討魔庁の人間では無い。

 それならば……。


「興亡派……! 」


 亡雫と私を狙うもうひとつの勢力。

 この男は、その一味。


「お、俺たちの名前を知ってくれてんのか。光栄だねぇ」


 男はいやらしく笑った後、麗姫の肩に手を置く。


「空亡を足止めしてろ。サボったりしたら、あのガキ共の首が無くなるぞ」


 そう言うと、彼は影に溶けるようにして消えていった。


「すまぬ、お主たち」


 彼女の9本の尾。それに纏う体毛の1本1本が大きく逆立った。


 肌を焼くような熱。夏の外気が冷蔵庫に感じるほどの強大な熱量が私達に突き刺さる。


 空亡が妖力を解放していなかったら、今頃炭になっていただろう。

 その熱波は屋敷とそれを囲む森を包み込み、やがて発火させた。


 燃え盛る屋敷を尻目に、麗姫は妖術を繰り出した。


「“陽炎ようえん万火ばんか”」

「幽世! 」


 彼女の身体を中心に広がった超高温の炎が私の元へ迫る前に、彼は私達を結界の外に弾きだした。



「葵! 葵! 」


 応答は無い。

 空亡も、いない。


 葵の腹からは、止めどなく彼女の血が流れ出ていた。

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