第29話 建前と本心
尾延山での聞き込みの名を冠した襲撃を終えた今川と西郷は、ホテルの一室にて休息を取っていた。
「なんで一緒の部屋なんだよ」
「しゃあないやろ。バディ組んでるんやから」
今川は下に置いてあるキャリーケースを、ベッドの上から開けて中から書類を取り出した。
シャワー上がりの緩いシャツから今川の豊満な胸元が覗き、西郷は反射的に目を逸らした。
「変なことしたら殺すで? 」
「なんもせんわ! 」
「……口ではセクハラばっかの癖して意外と
彼女達はそれぞれのベッドに寝ながら、資料を確認した。
「まさか、あのリコが四条紗奈の娘だったなんてな。苗字が同じなだけやと思ってたわ」
「血は繋がってねぇって話だろ。養子らしいぜ」
「それが救いやね。もし龍神の巫女の血を引いてたらと思うと、ゾッとするわ」
四条紗奈。その名はまさに伝説であった。
武器を持たずに拳1つで妖怪を
討魔庁に所属する者であれば、その名を知らない者はいない。
「でもそんなこと関係なく、西郷はんはリコちゃんとは戦い
「なんでだ? 」
「葵ちゃん、リコちゃんのこと大好きやもん。もし傷つけでもしたら、嫌われてまうで」
莉子達が京都に来ていることは、既に報告があった。
接触すれば、戦いは避けられないだろう。
「任務は任務だ。私情は持ち込まねぇ」
「ほんまに? 普段からあんなに仲良うしとるやん。2人きりでご飯食べ行ったり……」
「あれは……友達として仲が良いだけだ」
落ち着かない様子で否定する西郷は、たまらず起き上がり、ベッドに腰掛けた。
「俺が好きなのは……」
霧のように頼りなく小さな声量で呟いた彼の言葉は、今川には届いていない。
喉が渇いた、と言った彼女が部屋から出るのが、扉を開ける音で分かった。
ガタン、とソーダ水が落ちる。
今川は自販機の前でそれを一気に飲み干した。
炭酸でむせながらも、無理やり無色透明の液体を流し込んだ。
「けほっ、けほっ。……はぁ、ほんま、好きなら好きって正直に言えばええのに」
投げ捨てるように空き缶をゴミ箱に入れた。
夜の無人の廊下に、アルミニウム缶の高い音が反響する。
「……はよ、潔く諦めさせて欲しいわ」
1人佇みながら、頭上の切れかけた蛍光灯から窓の外へと視線を移す。
「あんなこと言われたら、チャンスあるかもって思ってまうやん」
潤んだ夜景の輝きが、彼女の目には毒だった。
――リコちゃんと、西郷はんが戦えば……
胸中に浮上した考えを、全力で頭を振って追い払う。
「ははっ、性格悪すぎやな、うち。だからモテへんのやー、ってな」
自嘲気味に笑いながら、彼女は自分の部屋へと戻って行った。
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