第28話 九尾の頭領

 日本の古都、京都。

 古くより陰陽師や妖怪に関する伝説が絶えないこの地は、霊術の聖地である。


 討魔庁の京都支部には多くの巫女・祓魔師が配属されており、その人員数は東京に次いで2番目である。


 尾延山は、そんな京都に存在する霊山の1つであり、九尾の狐が多く住まう。

 理性と知能が高く、人間を害することも無い彼らは、その強力な力で人を助けることも多い。


 私達はその九尾の隠れ里たる山道を歩いていた。木々の葉っぱで日光は遮られているが、夏の湿気には関係ない。

 酷い猛暑であった。


「空亡、ほんとに知り合いの九尾がいるんでしょうね? 」

「あっついよぉ。日に当たってないのに日焼けしそう」

「毛を全部抜いて欲しい……」


 口々に文句を垂れながら、私、葵、キャシーの2人と一匹は前を歩く空亡について行く。


「ほんとだって言ってるだろ。顔なじみなんだよ」


 夜子さんの占いによると、この山の九尾の1人が亡雫を持っているとのことだ。

 手掛かりを掴むため、空亡の知り合いであるという妖怪の元へ向かっていた。




「やっと着いたぞ」


 その後30分程歩いて、彼は足を止めた。

 確かに結界が張られている感覚がある。


「どうやって入るの? 」

「無理やり結界をぶっ壊す」


 そう言うと、彼は結界に手をかざす。

 私達の制止を無視して、彼は結界を破壊した。


 妖力の残滓が舞っている。


「ちょ、ちょっと空亡くん! 怒らせちゃったらどうすんの!? 」


 珍しく葵が怒っている。

 九尾の狐は総じて大妖怪に属する。巫女である彼女はその恐ろしさを、身に染みて理解しているのだろう。


「気の長い奴だから平気だよ。せいぜい殴り合いになるくらいさ」

「それが困るの! 」


 言い合う2人を尻目に、私とキャシーの目は眼前の家屋に向いていた。


 大きな木造屋敷である。戦国武将が住んでいるような広大な敷地。結界が壊れたことで私達が立っている足元にも変化が起き、私達の足はよく手入れされた庭の上に立っていた。


 細かく白い砂利が敷き詰められた美しい地面は、足を動かす度に音を鳴らした。


「おやおや、懐かしい顔が見えるのう」


 一切の濁りが無い、澄んだ美しい声が聞こえた。


 聞こえたのは、空からである。


 見上げると、狐耳と9本の尻尾を生やした綺麗な女性が浮いていた。


 長い金色の髪は染めたものでは無いことが一目で分かる。長いまつ毛に守られた瞳は冬の夜空のように透き通って、吸い込まれるような魅力があった。


 手には煙管きせるを持ち、紫煙をくゆらせている。身につけている紫陽花柄の着物も相まって、その煙すら美しく見えた。


「1000年ぶりじゃな、空亡」


 ゆったりとした動きで地に降り立った彼女は、草履で砂利を踏み鳴らしながらこちらへやってくる。


「久しぶりだな、麗姫れいき


 麗姫と呼ばれた彼女は、私と葵の顔を交互に見る。


「紹介しよう、こいつは麗姫。俺の昔馴染みで、九尾の頭領とうりょうをやってる」

「頭領!? 」


 葵が驚愕の声を上げた。


「そ、そんなにすごい妖怪だったんだ……」


 その顔はいつになく焦りの色が強い。狼狽える彼女の頬に、麗姫は手をあてた。


「案ずるな、害はくわえぬぞ。女子おなごよ」


 顔がくっつきそうになるくらい距離を詰め、彼女は優しく語りかけた。

 葵は顔を赤くしてしまっている。


「あー、こいつは女好きなんだ」


 空亡が頭をかきながらバツが悪そうに言った。


「昔、恋仲だった男に浮気をされた挙句逃げられてな。それ以来男は好かぬ」


 そう言う麗姫の目には光が無かった。

 過去のことは詮索しない方が良さそうだと、私も葵も直感的に悟った。


「お主も例外では無いぞ、空亡。この女子達に免じて許してやるが、本来だったら燃やしておるぞ」


 面と向かって空亡に喧嘩を売る。普通の妖怪であれば単なる蛮勇だが、それを何事もなく言ってしまうことが、彼女の力を示していた。


「へいへい。それはそうとして、聞きたいことがあるんだ」

「なんじゃ? 」


「亡雫がどこにあるか。知ってるだろ? 」

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