第27話 殲魔

 その日は風が強かった。夜空にかかる雲の流れも急速だ。

 唸りを上げながら体を叩いてくる風は、並の人間であればバランスを崩すほどのものである。


 しかし、尾延山の整備されていない山道を歩く2人には、調度良い扇風機程度の意味しかない。


「おい、欠片持ってる九尾はどこにいんだよ」

「分からんよぉ、そんなの。みーんな知らん知らん言うんやもん」


 緩慢な動作で道を歩く今川と西郷の額には汗が滲む。

 早朝からの尾延山に住まう九尾狐への聞き込みにより、両名のストレスは臨界点に達していた。


「チッ、俺たちを怪しんで誰も情報をよこさねぇ」

「そりゃ、急に結界破って侵入した挙句に聞き込みなんて、誰でも怪しむに決まっとるやろ」


 西郷の強引な聞き込みに腹を立てた九尾によって結界は補強された。二度と同じ隠れ家には行けないだろう。


「殺されてないだけありがたい話やで」

「せめて解除できればなぁ」

「無理無理。あないに強い結界、葵ちゃんくらい結界術が使えんと解けんわ。それに、そんなことしたら今度こそ殺されるで? 」


 彼らは途方に暮れた。九尾狐が亡雫を持っているから取ってこい、という酷く雑な命を受け東京からはるばる京都までやってきたが、手がかりは皆無であった。


「んー? 霊力を持ってる奴がいるなぁ。兄者」

「んー? 美味そうな小娘もいるなぁ。弟者」


 体長5、6メートルはありそうな単眼の巨人が、突如として木々を倒しながら現れる。

 歩く度に地面を震わせながら、その巨体を左右に振って、口元にはいやらしい笑いがあった。


「またかいな……、やっぱ霊山って妖怪が多いんやなぁ」

「人語を喋れるのか。結構強いなこいつら」


 霊力、妖力が集まる山には妖怪も集まる。

 しかも、全員が九尾狐のように温厚な妖怪では無い。

 人を食らい、害をなす妖怪もまた、その蜜に誘われてやってくるのだ。


「食っちまうか? 兄者」

「食っちまおう。弟者」


 彼らは造形は人型の妖怪であるが、服は着ていない。


「女の形してりゃ、ちっとは嬉しいんだけどなぁ」

「女体だったらこんなのにも欲情できるんか。大した男やなぁ」


大妖怪程の知能は無い、と2人は判断した。


「殺しとくか」

「せやねー。他の人が食べられてもあかんし」


 言うやいなや、今川は錫杖しゃくじょうを、西郷は鎖鎌を手に持つ。

 霊術により、隠していた武器を顕現させていた。


「ダハハ、俺たちを殺すってよ兄者」

「ダハハ、俺たちはお前らみたいな服きた人間を何人も食ったことがあんだぞ? 」


 汚い唾を飛ばしながらの妖怪の言葉にも、2人は眉一つ動かさない。


「どうせ数十年前の話だろ」

「最近はこの山での戦死報告はないでー」


 彼らの言葉に腹を立てたのか、一方の妖怪が西郷に手を伸ばした。


「減らず口は胃袋の中で言ってろ! 」


 妖怪は勢いよく西郷を掴み、握りつぶす。


「ダハハハハ! 大口叩く割に大したことねぇ。丸太みてぇに潰せるぜ」



「……マヌケが」


 刹那であった。妖怪の首は地に落ちた。

 単眼の顔は、下卑た笑みを浮かべたまま。体の方は、西郷の代わりに握っていた大木を持ったままゆっくりと倒れ伏した。


 西郷が持つ鎖鎌から、赤い液体が垂れる。


 血が吹き出るのはその後のことであった。


「お、弟者ああああ! 貴様よくもおおおお」

「元気やなぁ。耳が痛なるわぁ」


 今川は錫杖を地面に叩きつけ1回鳴らした。


 パキっ、と枝を折るような音と共に妖怪はふたつに折れる。

 叫び声もなく、己が死んだ自覚もなく、口から一筋血を垂らしながら息絶えている。


「今日はもう帰るか」

「せやな。うち、見たいドラマあんねん」


 来た道を戻るその背中を、2組の目が見ていた。

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