第26話 出立
夜子さんから話を聞いて1週間。京都へ出発するために、私達は支度を整えていた。
「沙羅、本当にキャシーも連れて行っていいの?」
「はい。きっとこの子の力も必要だと思うので」
私はキャシーは家に残しておこうと考えていた。敵がここを狙わないとは限らないし、なにより沙羅1人では寂しい思いをさせるだろうと思っていたからだ。
「みんな帰ってくるって約束してくれたので、平気です」
彼女はそう言って半ば強引にキャシーを押し付けた。
確かに戦力としてキャシーは申し分ない。初めて妖怪として覚醒したあの頃と比べても、現在のこの子は格段にレベルが上がっている。
「任せて沙羅。莉子は僕が守るよ」
キャシーは胸を張ってそう誇らしげに宣言した。
「それから、これ着て行ってください」
沙羅は、漆で加工された立派な大きい箱を押し入れから引っ張り出してくる。
「これ、お母さんの……」
母が身につけていた巫女装束であった。本来は余計な装飾が無い巫女服だが、龍神の巫女のものは胸のところに龍の刺繍が入っている。
「ピアスと髪紐も、付けていってくださいね。お母さんが守ってくれると思うから」
「……ありがとう」
早速着替え、みんなにお披露目となった。
「凄いです莉子ちゃん! お母さんそっくり」
「素敵だよ、莉子」
「きゃー! 巫女服姿のリコちゃんなんて激レア過ぎ! ……あ、ヤバい鼻血が」
沙羅は喜んでくれている。葵も平常運転である。
「ほぉ、これは……」
だが、なぜか空亡も葵に似た反応を示している。 巫女服が好きなのだろうか?
「よし! それじゃあ行きますか! 」
こうして、私達は京都へ向かった。空を飛ぶと目立つので、移動は公共交通機関を使用する。
電車に揺られながら、流れていく外の景色に目をやる。
慣れ親しんだ風景は、すぐに移ろって、私が知らない場所になっていく。
「
夜子さんの占いの結果、尾延山という霊山に亡雫はあるらしい。
「九尾狐がたくさん住んでる山だね。そこら中に九尾の家を隠す結界が張ってあるんだよ」
葵が答える。こういうところはさすがは討魔庁の巫女だ。
「九尾は全員が大妖怪クラスの力を持っている。ただ、人間に友好的だからな。襲われる心配はないだろ」
空亡は霊体として、今は私の中に住まわせている。
彼が喋る度に頭の中に直接言葉をかけられるみたいように感じて、不思議な感覚だ。
「空亡、私の顔に傷がついたらちゃんと直してよね。休止開けたらまたアイドルやるんだから」
事務所には私が直接活動休止を申し出た。理由を詮索されると思ったが、私が普通の人間ではないと勘づいていたのか、社長は何も聞かずに了承してくれた。
ただ、「絶対に帰ってこい」とのことだ。
「構わんが、お前こそ傷を作るのはいいが死ぬなよ? 青目と違って、俺は死者を蘇らせることはできない」
「あいつと比べてあなたってスペック低くない? 」
「気にしていることをわざわざ刺すもんじゃないぞ」
この空亡には死んだ人を生き返らせる技は使えない。どうやらあれは青目特有のものらしい。
「まぁ、お前を殺せる奴になんかそうそう出会わんと思うが」
私は、母が亡くなってからの数年で霊術の修行を積んだ。
今の私は、あの頃の私とは違う。誰かが私を守るために犠牲になるなんて、もう嫌だった。
「着くまで少し寝るわ。起こしてね空亡」
「あ、私も寝るー」
この時、私は自分の心臓が高く跳ねているのを感じていた。危険な戦いに身を投じることへの緊張などでは無い。
私は“高揚”していた。
力をつけた成果を発揮する場所を、心のどこかで求めていたのかもしれない。
空亡から聞いた話だが、妖は自らの力を振るう時にどうしようもない喜びを感じるという。
私の肉体に妖の力が流れているのだということを、この心臓の高鳴りが如実に示していた。
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