第25話 関西

「あっついわぁ。まだ7月初めやろ? 温暖化もえらい進んどるなぁ」


 強く太陽が照りつける京都市の街。

 前髪を綺麗に切り揃え、膝まである長い黒髪をたなびかせながら、その巫女は歩いていた。


 京都訛りが入った関西弁と、糸のように優しげな目からは、ゆったりとした雰囲気を感じさせる。


「あのセクハラジジィめ。関西出身だからって、なんでこんなとこに派遣されるんだ」


 答えるのは狩衣かりぎぬを纏った男性。金色に染め、ワックスで固めた髪が汗に濡れている。

 頭にはハンカチをかけ、日光から頭を守っていた。


「禿げちまうぞ、この日光じゃ」

「ははっ。どうせ少し遅いくらいの違いしかないやろ」


 一目見ただけで討魔庁の人間だと分かり、かつ見た目の良さも相まって、彼女たちは通行人の目をよく引いていた。


「……なぁ、西郷さいごうはん」

 西郷と呼ばれた男性がぶっきらぼうに答える。

「なんだ」


「葵ちゃんのこと、どう思っとる?」

「ど、どう思ってるって、べべ、別になんとも思ってねぇよ。そりゃ、見た目は可愛いと思うけどよ、でで、でもだからって別に」

 西郷はどもりながら、早口でまくし立てるようにして答えた。


 巫女はため息を1つ。

「そういうことやあらへん。命令のことや」

「な、なんだよ先に言え。……まぁ必ず殺せとは言われてないだろ? 仮に今回の亡雫争奪戦で誰か死んでも、上がもみ消すってだけで」


 彼らの任務は京都にある亡雫の確保。それに伴う死傷者については不問とされている。

 敵はもちろん、味方も同じだ。誰が死んだとしても、この任務が公に明かされることは無い。


「うち、葵ちゃんと戦いたくあらへん。もちろん、あのアイドルの女の子とも」

「そう思ってるのはお前だけじゃないぞ、今川いまがわ。俺たちは人殺し部隊じゃねぇ」


 今川はこの任務に乗り気で無かった。友人を大切にする彼女にとって、葵と交戦する可能性があるというだけで、その士気を大きく下げていた。


「お家争いみたいなもんだよな全く。長官補佐同士で亡雫を巡って戦争とはね。公務員のクセにやってることはヤクザだ」


 西郷は大きな舌打ちをする。しかし、極秘情報を話しているため消音術がかけられており、外に音は漏れない。


「あーあ、俺も夜子さんのとこで働きたかったな。優しいし、母性もあるし、美人だし、胸も……」

「西郷はんは女性の心をくすぐるのが上手やなぁ」

「分かるか? やっぱそう思うよなぁ」


 今川は細い目を正面に向けたまま言った。

「気持ち悪すぎてむず痒くなってくるって言うたんよ」


この軽口も2人にとってはいつもの事だった。

西郷は大したリアクションを取ることもない。


「なんで長官補佐それぞれに特殲の人員を付けたんだめんどくせぇ。全部夜子さんにまとめろ」


 文句は尽きることは無い。

 この任務についている討魔庁の人間は、殆どが特域殲魔課に所属する者だ。


 実力確かな彼らが衝突すれば、被害は避けられないだろう。

 それに加えいくら空亡の復活阻止の為とはいえ、暗殺者紛いのことまでさせられて良い気分はしない。


「ま、先に亡雫だけ回収して、さっさと離れよう。そうすれば戦わずにすむ」

「……そうやなぁ」


 2人の足は、とある霊山に向いていた。


「あ、西郷はんが葵ちゃんのこといてはるのは、特殲周知の話やで」

「え!? そんな噂になってるん!? 」

「関西弁に戻ってるで」

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