第24話 覚悟と約束

 もうひとつ。討魔庁とは別に、私の命を狙っている奴らがいる。

 自分の敵の多さに辟易としてくる。


「討魔庁の亡雫が消えたって言ったわよね?」

 コクリと頷く。


「あれを持ち出したのは、“興亡こうぼう派”の連中よ」

 夜子さんの目が鋭くなる。


「興亡派……? 」

「空亡を呼び起こして、世界をぶっ壊そうっていう馬鹿な人達よ」

「ははっ、何それ? RPGの魔王じゃないんだから」


 思わず笑ってしまった。今どきそんなテンプレートを掲げる悪の組織がいるとは。


「全くね。でも、そいつらは本気よ。興亡派は、もう1人の空亡を復活させようとしているわ。あなたもよく知ってる、あの空亡よ」


 もう1人の空亡。その言葉を聞いた途端、息が苦しくなる。動悸が激しい。


 あの時の光景がフラッシュバックする。


 大量の妖怪。いやらしく笑う“青目の空亡”。血だらけの母。


 私達の腕の中で、少しづつ冷たくなっていくお母さんの体温。


「はっ、はっ、はっ」

「リコちゃん! 大丈夫!? 」

「ご、ごめんなさい。嫌なこと思い出させちゃって」


 葵が背中をさすってくれる。少しだけ、落ち着いた。


「大丈夫。続けて」

「……分かったわ。興亡派は亡雫の欠片を集めて、それで空亡を復活させようとしている。実は、欠片は討魔庁が保管していたもので全部じゃないの」


 彼女はテーブルに何かを置いた。

 小指程の水晶のような石だった。


「亡雫の欠片よ」

「これが……」


 それは美しく光を反射して輝いていた。

 目を奪われそうになるほど、綺麗だった。


 内部から放たれている紫の光が、私達の顔を照らす。


「これと同じようなものが、まだ日本中にある。討魔庁が管理しきれていなかったものがね。これは、討魔庁が保有している最後の1つ」


 少し話が見えてきた気がした。


「これを空亡くんにあげるわ」

「俺に? 」

「えぇ……それを取り込めばあなたの力は増すはずよ。そして莉子ちゃんには、それを集めて欲しいの」


 雨風は止む気配はない。


「全ての欠片を集めて、全部この空亡くんに取り込ませて欲しい。私達穏健派は、討魔庁内部では劣勢よ。なにより長官が過激派だし、政府もそう。表立って動くことはできない。せいぜい、極秘任務と偽って葵ちゃんを護衛に付けるくらいよ。それも、向こうにはバレてるでしょうけど」


 夜子さんはぬるくなったお茶を一息に飲み干した。


「大人しい空亡を一旦完全顕現させる。後はその力を彼が封じ込めるだけ。亡雫は消滅しないから新しく生まれることもないし、あっちの空亡も復活しない」


 夜子さんはじっ、と空亡を見ている。


「……なるほどな。頭いいな、お前。いいじゃないか」

「ちょっと、勝手に……」

「完全顕現できれば、俺は自身の力を封じることができる。空亡の脅威が無くなれば、お前が狙われることもない」


 彼は私の肩に手を置いて笑った。

 確かに、一理あると思った。


 なによりこのまま私が狙われれば、沙羅も危険だ。彼女を戦いに巻き込まわないためにも、今は離れている方が無難だろう。


「……分かったわ。自分のためだし」

「ダメです! 」


 ふすまが勢いよく開き、キャシーを抱いた沙羅が入ってくる。


「沙羅? どうしたの? 」

「そんな、そんな危なそうなこと、ダメです! 」


 彼女の目に、涙が溜まっているのが分かる。


「でも、このままじゃラチがあかないし」

「そんなの、莉子ちゃんがやることじゃないでしょ!? 」


 キャシーを床に置いて、沙羅は私の両肩を掴む。


「興亡派なんて、討魔庁の巫女さんや祓魔師さんが倒せばいいじゃないですか! みんな強いんでしょ!? 」

「それじゃダメね」


 夜子さんが扉を閉めるように言い切った。


「仮に討魔庁が興亡派を殲滅したとしても、莉子ちゃんは既に脅威として認識されてる。結局、空亡の力を鎮めなきゃ事態は解決しないわ」


 夜子さんは続ける。


「それに、興亡派には強力な霊術師もいる。いくら巫女や祓魔師でも、簡単に倒せる相手じゃないの。討魔庁も、興亡派の殲滅よりも亡雫の確保の方を優先する方針よ」

「そんな……」


 沙羅は私にもたれるように顔を埋めた。


「大丈夫よ。空亡だっているし、葵も護衛についてくれるし、もしかしたら他の特殲の人だって」

「でも! 」


 沙羅は大声を出して、私の言葉を遮った。


「もし、何かあったら、どうするんですか」

「大丈夫だって。私も強くなったし……」

「でもお母さんは! 」


 私の膝に沙羅の雫がこぼれる。


「お母さんは、強かったけど死んじゃいました。興亡派と戦うってことは、もし空亡あいつが復活したらまた戦うんでしょ? 今度は莉子ちゃんが」


 私は、彼女が何を言いたいのかようやく理解した。


「もし、莉子ちゃんまでいなくなったら、私はどうすればいいんですか? そんなことになったら、私もう、前なんて向けません。もう、立ち直れません」


 彼女の手は強く私の肩を掴んでいる。

 離れることを拒むように。


「安心しろ」


 そんな彼女に言葉をかけたのは、空亡だった。


「今の俺はあの時とは違う。青目と同じくらいには力も戻ってるし、莉子が霊力を供給すればもっと強くなる。ここに、亡雫もあるしな」


 沙羅はゆっくりと空亡の方に振り返った。


「こいつは俺の主だ。絶対に死なせはしない。命に替えても」

「わ、私も! 死んでもリコちゃん守るから」


「みんな……」

 私は安堵のため息をついた。

 不安もあった。しかし、私にはこれ以上ない味方がついているのだ。


 最強の妖怪と、この国最高峰の巫女。これより頼もしい存在はいないだろう。


 やがて、沙羅は項垂れてしばらく黙った。



「それじゃ、ダメです……」

 鼻をすすりながら、彼女の閉ざされていた口が開かれる。


「みんな、みんな一緒に帰ってきてくれるって、約束してくれないと、嫌です。空亡さんも葵さんも、両方」


 私達は顔を見合わせて笑った。


「大丈夫よ。絶対みんな一緒に帰ってくるから! こんな意味わからないことに巻き込まれて、死んでやるもんか」


 沙羅とおでこをくっつけ合う。


「信じて、沙羅」

「……うん、分かった」


 彼女はいつもの優しい笑顔を浮かべた後、もう一度抱きついてきた。


「やっぱり、あの子に似てきたわね。莉子ちゃん」


 夜子さんがそう呟いた。




「それじゃあ、最初は京都に行けばいいのね」

「えぇ、いつ出発するかはあなたたちに任せるわ。私は、私にできることをするから」


 夜子さんはまた空亡の顔を見つめている。


「ごめんね、頼んで」

「なぁに、主のためさ。なんでもやるよ」




 いつの間にか、雨は上がっていた。

 雲の切れ目から覗く三日月が、細い目のようになって私達を見ている。


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