第23話 もうひとつの亡雫
時刻は6月25日、22時。
夜子さんが来る時間だ。
事前に結界に細工をして、彼女だけは通れるようにしてある。
「お邪魔します」
風鈴のような落ち着く声が玄関から聞こえる。
応接室から見える夜空は、曇っていて星も見えない。
私の左隣には空亡。右には葵。
騒がしかった葵も今は大人しく、姿勢よく背筋を正し、正座の姿勢を崩さない。
改めて、彼女は巫女なんだと認識した。
夜子さんが沙羅と挨拶を交わして、こちらに歩いてくるのが分かる。
木造の廊下が軋む。
「久しぶりね。莉子ちゃん」
黒いローブを身にまとった、長身の女性。
年齢を感じさせない肌と、露出はほぼ無いが抜群のスタイルも相まって妖艶な雰囲気を感じる。
「久しぶりです。夜子さん」
夜子さんは私達の正面に座る。
「最後に会ったのは、紗奈の命日だったかしら。また綺麗になったわね」
「そんなことないわよ……あっ、ないですよ」
夜子さんは討魔庁に6人いる長官補佐の1人。
かなり高い階級だし、葵の上司でもある。いつもは砕けた口調で話す私も、巫女の目があるこの状況では努めて敬語を使うようにした。
「ふふっ、いいのよそんなに改まらなくて。何だか口調もあの子に似てきたわね」
口元に手をあてて彼女は微笑む。
だが、横にいる葵は依然として体勢を崩さない。彼女の態度を見ると、どうしてもこの場が重いものであると思ってしまう。
「夜子さん」
葵が重く口を開いた。何か失礼なことでも言ってしまったか。
焦る私に構わずに彼女は続ける。
「足、痺れちゃったんで、崩してもいいですか……」
杞憂であった。
葵が目に涙を浮かべながら身体を震わせている。
「ちょ、ちょっと! 上司の前でしょ!? 」
「いいわよ。もう、葵ちゃん
「あいたたた……だってぇ、リコちゃんの前だからカッコつけたかったんだもん」
夜子さんは変わらずに微笑みを浮かべながら、彼女の提案を許可した。
おおよそ、私が想像していたよりも2人の関係性はフランクなようだ。
「ね? 莉子ちゃんもいつも通りでいいのよ。空亡くんも」
「なんで討魔庁の連中は俺をくん付けするんだ」
気を張って損をした。私は正座から胡座に変えて、いつも通りの調子で話す。
「討魔庁も私を狙ってるとか、亡雫が消えたとか、どういうことですか? 」
単刀直入。気になっていることは全て聞いておきたかった。
「順を追って説明するわ。まず、亡雫のこと。討魔庁が保管していた亡雫は、人間ではないの」
空亡も私も驚きつつも、遮ることなく話を聞く。
「保管していたのは、300年前の亡雫。その人の心臓を霊力の塊として結晶化したもの、それの欠片」
少し強くなった風が戸を叩いた。
「亡雫は、どこに現れるか分からない。だったらその力だけを取り出してしまって、それを守っておけば空亡の脅威に対抗できる。そういう考えで、人間の霊力が最も集中する心臓、それを幕府の命で当時の亡雫から取り出して保管していたのよ」
しかし、私は亡雫として生まれ、生きている。
「取り出せたのは、片方の亡雫だけ。もう一方の亡雫は現在まで発見されることは無かった。でも、それがついに見つかった」
――まさか……
「莉子ちゃん。あなたが亡雫であるということが、討魔庁にバレたの」
「リコちゃんが……? 」
葵の顔が青白くなっている。
私のことを、化け物だとでも思っているのだろうか。
そうだったら、少し寂しい。
「討魔庁は、あなたの心臓を取り出して結晶化することを目論んでいるわ。勿論、あなたに空亡がついていることも、彼らは知っている」
「つまり、私は国から命を狙われてるってこと? 」
風は勢いを強め、空気を切りながら家を叩く。
「そうなるわ。でも、討魔庁も一枚岩じゃないの」
「どういうこと? 」
「いくら何でも罪も犯していない1人の人間の命を、国が付け狙うのはどうなんだ、と言う人も上層部には確かにいる。穏健派というやつかもね」
おそらく夜子さんもその穏健派の1人ということなのだろう。
「私はあなたのことも、“こっち”の空亡くんのこともよく知ってる。あなた達が決してその力を悪用する人間ではないことも」
どうやら雨が降り出したようだ。水が岩を打つ音が聞こえる。
「でも、過激派の人たちはそれを知らない。あなた達が、いつか暴れだすんじゃないかって気が気じゃないのよ」
「リコちゃんがそんなことする訳ない……! 」
葵が身を乗り出して夜子さんの言葉を否定する。
夜子さんはふふっ、と笑って答える。
「えぇ、分かってるわ。だからね、葵ちゃん。あなたには莉子ちゃんの護衛を頼みたいの」
葵が少し身を引いた。
「今回の件で、特殲の巫女と祓魔師達も動いてるわ。過激派に命令を受けた子も当然いるの。だから、その子達から莉子ちゃんを守って、あわよくば説得して味方にして欲しい」
「やる! 」
間髪をいれずに葵は即答する。
「リコちゃんは、自分勝手な理由で力を振るう人じゃない。私の推しを、殺させたりしない」
矢のような鋭く真っ直ぐな目だった。
どうやら私を怖がっている、なんてのは被害妄想だったようだ。
国に狙われていると聞いて、日本中が敵になったような気がしていたけど確かに味方がいるんだと、そう勇気づけられた気がした。
「ふふっ、ありがとう。頼もしいわ。護衛に関して、あなたの右に出る者はいないもの」
夜子さんは再び、私の目を見た。
「次に、あなたを狙ってるもうひとつの勢力について話すわ」
雨が、強くなる。
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