第22話 賑やかな家

「いやぁ、やっぱりリコちゃんも霊術使えるんだねぇ。式神契約してるんだから当たり前か」


 私達は願龍山の山道を歩いていた。

 急ぎだったので霊術で空を飛んで来たのだが、誰にも見られていないことを祈る。


 あの男達の記憶も、空亡が処理したし大丈夫だとは思うが。


 葵はテンションが上がっているのか、1人でずっと喋り続けては笑っていた。


「リコちゃんこんなとこに住んでるんだぁ。やっぱり、空亡“くん”のこともあるから? 」

「まぁ、そんな感じね」

「その塩対応たまらん! でゅへっ」


 彼女は常にこの調子だった。

 いつの間にか空亡のことをくん付けで呼んでいるし。


「なんであんなに馴れ馴れしいんだ。笑い方も時々気持ち悪いし」


 式神として霊体になっている空亡は文句を付けているが、こちらから絡むとまた面倒なことになりそうなので放置しておく。


「ここよ」


 いつもの結界の切れ目。私達家族にしか解除できない。

 お母さんが張ったものだから他人で無理やり破れるのは、空亡くらいの力を持った者だけだろう。


「これ、凄く強い結界だね。隠すことにも、守ることにも優れてるし、私にも破れなさそう。誰が張ったの? 」


 一目でこれの凄さが分かるとは、流石は精鋭の巫女といったところか。


「……お母さんが」

「へぇー凄い人なんだね、リコちゃんのお母さん。私、結界術に関しては自信あるんだけど、そのお母さんにはかなわなそう」


 母が褒められると、何だか嬉しい気分になってくる。

 口の端を持ち上げて、懐かしむように答えた。


「……世界一のお母さんよ」


 私は柏手を打って結界を解除した。

 崩れた隙間から中へと入る。


「こっちが玄関……って、何してるの? 」


 葵は目を輝かせ、身体を震わせたままそこから動こうとしない。


「リコちゃんの……お家……」


 どうやらまた我を失っているようだ。

 彼女を引きずるようにして家に上がる。


沙羅さらー、キャシー、ただいまー」


 奥からひょっこり顔を覗かせる、艶やかな長い黒髪。

 制服から着替えたのだろう。ラフレシア柄のTシャツに、虹色のロングスカート姿だ。


 ――いつも思うけど、あんな服どこで買ってくるの……。


 足元にはキャシーがいる。妖怪になる前は懐いていなかったが、言葉を交わせるようになってからは沙羅と仲が良い。


莉子りこちゃん、お帰りなさ……え!? 外の人連れて来ちゃったの!? 」


 興奮する葵を抑えながら、目を丸くする沙羅に事情を説明する。


「……なるほど。それは気になりますね」


 沙羅は顎に手をあてて考え込む。


「沙羅。申し訳ないんだけど、この子を抑えるの疲れたから上がっていい? 」


 彼女は雷に打たれたように顔を上げた。


「あ、ごめんなさい! 葵さん、どうぞ中へ」

「いいんですか!? 妹さんですよね!? 私の名前は……」

「お、落ち着いて、落ち着いて。私は妹じゃなくて、いや妹みたいなものか。とりあえず、中でお話を……」


 葵を鎮めながら何とか居間まで案内した。

 空亡も霊体化を解いて自由にし、葵の監視役にさせる。


「やぁ、莉子の友達かい? 」

「猫が喋った!? 」


 後ろ声が聞こえたが、それは無視しておく。


 神棚の“あの人の写真”に手を合わせて、部屋着に着替えてからみんなに合流することにした。

 宗教的な風習のことはよく知らないので、ここに写真を立てても合っているのかは分からない。


 でも、私達にとっては神様みたいな人だ。きっとこの神社の龍神様も許してくれるだろう。


 戻ると彼女達は、3人でゲームに興じていた。

 出会ってまだ10分と経っていないはずだが。


 キャシーも騒々しい彼女達を目を細めながら暖かく見守っている。


「……随分仲良くなったわね」

「あ! 葵さんアイテム使うなんてずるいです! 」

「沙羅ちゃんだってさっき助っ人出してたじゃん! 」

「なんで俺はいつも最初に……」


 葵と沙羅が白熱したバトルを繰り広げる中、空亡は既に残機がゼロとなっており、膝を抱えて落ち込んでいる。


 これで彼のこの対戦ゲームにおける沙羅に対する敗戦数は、おそらく200に届いただろう。

 ちなみに、勝利数はゼロだ。


「いやー、リコちゃんのこと話してたら仲良くなっちゃって。本名、四条しじょう莉子っていうんだね。芸名と名前の読み同じなんだねぇ」

「葵さん凄いんですよ! 莉子ちゃんの曲、歌詞も振り付けも全部覚えてるんです! デビュー直後のやつも! 」


 本人の前でファントークをされるのは気恥しいので止めてほしい。


「リコちゃん、部屋着姿も可愛いね……ぐふっ」


 気持ちの悪い笑いを浮かべながら、鼻息を荒くする葵。さすがにもう慣れてしまって、大して驚きも無い。


「あ、さっき言ってたお母さんは? 挨拶しておきたいんだけど」


 彼女は辺りをキョロキョロと見回しながら、私達の母を探しているようだった。


「お母さんは2年前に亡くなったわ」

「えっ、あっごめんなさい。私、舞い上がっちゃって……」


 一転して表情が暗くなる葵。

 意外と気を使うところがあるのだろうか。


「気にしなくていいのよ」


 私も沙羅ももう悲しんではいない。

 ちゃんとに前を向いて生きると約束したのだから。


「さぁて、夜子さんが来る前にご飯食べちゃお」


 いつもは3人と一匹の食卓に、1人分多くお皿が並ぶ。

 その日の夕食は、葵のおかげで大層賑やかなものになった。


「空亡くんそれいらないの? じゃあ貰っちゃお」

「おい! 俺は好物は最後に食うタイプなんだよ! 」

「まだありますから」

「沙羅ー、キャットフード無くなったぁ」


 ――お母さんがいた時も、こんな感じだったなぁ。


 私はそう想いを馳せながら、あの日と同じ鍋料理に箸をつける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る