九尾の狐編

第21話 金髪の巫女

 倒れた悪漢達には一瞥もくれず、私の目は飛び出してきた巫女に向けられていた。


 長い金髪をサイドテールに結んだ巫女は、どこか快活な印象を受ける。


空亡そらなき、この子の記憶だけ消してくれる? 」

「分かってる」


 勢いで空亡の力を使ってしまったが、討魔庁の人間に見られたらまずい。

 記憶を操作して、今見たことは忘れてもらおう。


 空亡の腕が伸びていく中、巫女は耳にあった通信機の電源を切った。


「ま、待って! 」


 腕を突き出して必死に制止している。

 殺されると思っているのだろうか。


「大丈夫よ。殺したりしないわ」


 私の言葉に彼女はただ首を横に振るだけだった。


「空亡を式神にしてるのって、リコちゃんだよね? 」


 座り込んでいた彼女は、袴をはたきながら立ち上がり言った。


「力に、なれるかもしれない」


 真っ直ぐな目をしていた。一文字に結ばれた口元は、微かに震えている。


「力、って? 」

「リコちゃん、多分狙われてると思うの。その……悪い人? に」


 そこに転がっている暴漢達も、空亡の力目当てだろう。どこから私達の情報が漏れたのかは分からないが、あの程度の敵であれば全く脅威では無い。


「大丈夫よ。あんな奴らが何人来たところで……」

「違うの。空亡を狙ってるのは、討魔庁も同じなんだ」


 討魔庁にも、私達のことがバレているのか。さすがに冷や汗が伝った。


 向こうの人間でこのことを知っているのは、だけのはず。


「数日前に、討魔庁で保管してた亡雫なきしずくの欠片が無くなって、夜子やこさんの占いでも空亡が復活したって言ってるし……あ、夜子さんっていうのは」

「夜子さん? あなた、夜子さんに言われてきたの? 」


 一条いちじょう 夜子。彼女の名はよく知っていた。母の友人である。


 当然会ったこともあるし、母が亡くなってからは私達の生活の面倒も見てくれている。


「夜子さんがここに空亡がいるかもって占って、私が行けって指名されたんだけど……というか、リコちゃんも夜子さん知ってるの? 」


 どうやら、事態は単純では無いらしい。

 夜子さんがわざわざ私達の正体がバレる危険を犯してまで、この巫女を派遣したのだ。


 何か裏がある。そう思った。


「おい、どうするんだ。やるんならさっさと……」

「……待って、空亡。貴女、名前は? 」


 彼女は懐から討魔庁所属であることを示す手帳を取り出し、私達に見せつけた。


「討魔庁、特域とくいき殲魔せんま課所属、西園寺さいおんじあおい

「特域殲魔課……」


 聞いたことがある。特域殲魔課、通称は特殲。討魔庁の中でも最強の巫女や祓魔師が配属される、最精鋭部隊である。


――まぁ、それだけ空亡が重要ってことね。


「葵、ね。早速だけど、夜子さんに連絡取れる? 」

「え? なんで? 討魔庁も空亡を狙ってるんだよ? 」

「大丈夫よ。友達みたいなものだから」


 答えてウィンクをすると、彼女が急に動きを止めた。


「ど、どうしたの? 」

「い、今のもっかいお願いしていい? 超可愛かった。写真撮りたい……デュへへ」


 葵は溶けるような顔をして、ニヤニヤと笑いながらスマホを向ける。


「あの、ファンなの。リコちゃんの……へへっ」

「……もうやらないわよ」


 私がそう言うと、ショックを受けたのか目を丸くしてまた固まってしまった。


「そんなのいいから! 早く夜子さんに会わせて! 」


 肩を揺さぶって葵の目を覚ましにかかる。

 彼女はハッと目覚めて、謝りながらスマホで電話を始めた。


「ねぇ、亡雫が無くなってた、ってどういうこと? 亡雫って人間でしょ?“欠片”って ……」


 小声で隣の空亡に問いかける。


「そのはずだ。俺にもよく分からん。まさか、人間をバラバラにして保存を……? 」

「怖いこと言わないでよ……」


 私達が考察にふけっていると、電話を切った葵がこちらに振り向く。


「今日の夜10時に、リコちゃんの家に行くって」

「そう。ありがとう」


 現時刻は6時。何が起こるか分からない。

 帰って色々備えをしておいた方が良いだろう。


この子は、どうするか。



「……貴女、一緒に来る? 」

「え!? いいの!? 」


 完全に信頼した訳では無い。だが、夜子さんが直接選んだということは、少なくとも私達に危害を加えるような人間では無いだろう。


 何かあれば、空亡の力で記憶を消してもらえばそれでいい。


「えへへっ、リコちゃんの家だぁ〜。バレたら他のファンに刺されるだろうなぁ」


 彼女は両手を頬に当てて恍惚とした表情で、くねくねと身体を動かしていた。


その日のライブは、突然の機材不良ということで中止とし、私達は願龍山の家へと向かった。



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