第19話 さよなら

「おらあああああああああああ」


 私の絶叫と共に赤目の空亡は、片割れに飛びかった。


「ぐああああああああ!! 」


 妖力を纏わせた強力な打撃。顔面にそれを受けた青目は、大地を抉りながら吹き飛ばされる。


 しかし、赤目は距離が開くことを良しとしなかった。


 瞬時に間合いを詰め、体勢を立て直した片割れと組み合う。


「お前、足高蜘はどうした? 」

「殺しちまったよ。見りゃわかるだろ」


 殺した、という赤目の空亡の背後には、バラバラになった蜘蛛の足と人間の身体があった。


「どうやって……今のお前じゃ、っ! まさか、お前」


 青目は片割れの身体に流れる妖力の出処に思い当たった。その力は、ある人物と1本の糸のように繋がれていた。


「式神契約よ」


 空亡の代わりに私が答える。今、彼の身体に流れている妖力は、私の霊力を変換したものだ。


「ただの式神契約でこれ程の力が! 」

「どうやら、俺の主様は才能たっぷりみたいだぜ。霊力の量、出力、質、どれをとっても1級品だ」


 2人の空亡の力がぶつかり合い、次第に地面は沈み、大地にヒビが入っていく。


「いい気になるなよ……いくら契約を結んでも、起き抜けのお前が1人で俺を倒せると……」

「誰が1人と言った? 」


 私は、青目の側面に回り込み、そのこめかみに全力の蹴りをお見舞いする。靴に奴の血液が付着していた。


 頭から血を流しながら飛ばされる青目。


 私は戦闘訓練など受けたことはない。しかし、空亡と契約を結んだ時から、身体の奥底から力が溢れてくる。


 彼の本来持つ妖力が、私にも影響を与えているのか。彼が強化されたように、私自身もまた、力を増していた。


「馬鹿な! 巫女でもない女の力ではない……! 」


 現れた時から崩さなかった青目の余裕は崩壊していた。彼は今、動揺し怯んでいる。


「沙羅! お母さんを! 」


「お母さん、こっち! 」


 目が覚めた沙羅が母の手を掴んで、背景と同化する。肩にはキャシーも一緒だ。


「さぁ、覚悟してもらうわよ」


 青目を睨みつけながら、空亡と共に構える。


「しっかり守られてくれよ……主! 」

「ちゃんと守りなさいよね、空亡! 」


 2人同時に動き出し、青目に連撃を食らわせる。

 上段、中段、下段に2人で連続攻撃を繰り出していく。


 わずかでも2人のタイミングがズレれば効果は薄れるが、今の私たちは一心同体である。動きを合わせるなど造作もない。


 青目も私達の動きについて行くことができないのだろう。私の空亡も使っていたあの能力が発動できていない。


「図に乗るな! 」


 しかし、相手もまた最強の大妖怪である。すぐさま適応し、反撃に移ってくる。


「“現幽げんゆう”! 」


 青目の拳が私の顔に当たる直前、空亡は私を『転送』した。


 幽世と現世の合わせ技でのテレポート。


 青目の後ろに転送された私は、後頭部目掛けて踵を振り下ろす。


 まともに食らった青目は地に顔をめり込ませた。


 だが腕をバネにして飛び上がり、私達から即座に距離を取る。


「空亡と契約すると、人間でもこれ程の強さを手に入れることができるか。それとも、お前が特別なのか」


 青目は私達に手を向け、妖力を集約させる。

 結界を破って入った時に見た、あの技だ。


「“幽玄神威”」


 彼の手のひらに集められた妖力は、大きな球体となって私達に向かう。


 しかし、空亡はこちらにもいる。


「こっちだって使えるんだよ! “幽玄神威”! 」


 赤目も同じ技を繰り出す。

 激しいぶつかり合いで木々はなぎ倒され、空の雲は消え去った。


 しばらくの押し合い。その後、2つの幽玄神威は弾け、爆発する。


 舞い上がる砂塵と、押し寄せる衝撃波に身を低くして防御姿勢を取る。




 空亡は双方、なおも立っていた。


「はぁっ、はぁっ」


 お互いに息を切らし、妖力量も減っている。


 ――チャンスだ。今なら、倒せる。




 そう思い足に力を込めるが、膝が言うことを聞かない。


「な、なんで……」




「……霊力切れだ」


 青目の冷静な声ではっとする。

 確かに先程までの湧いて出るような、あの強大な力を感じない。


「今までろくに霊術も使っていなかったのだ、無理もない。お前はまだその身に眠る霊力を、1割も引き出せていない」


 そんな……じゃあ、私達はもう。


「主人の霊力が無くなれば、式神も力は使えまい。勝負ありだ」






 あと1歩、あとほんの少し私に力があれば、こいつを倒せた。


 元はと言えば、私が妖怪なんかに着いて行ったのが悪いのだ。そのせいで、お母さんも沙羅もキャシーも、危険な目にあった。


 もはや、その責任を取ることはできない。


「っ! 逃げろ、莉子! 」


 空亡は喉がちぎれんばかりに叫ぶ。


「時間を稼ぐ! お前は紗奈達と一緒に……」

「ダメよ、そんなの」


 空亡を制した声の主は、母だった。


「お母さん、どうして……」

「ごめんなさい、莉子ちゃん。お母さんがどうしてもって……」


 沙羅は俯いて言った。

 ダメだ、来たら……。だってお母さんは、もうボロボロで……。


「莉子、よく頑張ったわね。嬉しいわ、こんなに立派に育ってくれて」


 優しい手が、私の頭を撫でる。


「莉子も沙羅も、それからキャシーも分かってると思うけど、ちゃんとに仲良くするのよ。喧嘩はしても良いけど、ちゃんとに仲直りすること」


 ――止めてよ、なんでそんなこと言うの?


「莉子、これからも歌とかダンス頑張ってね。絶世の美少女よ、きっともっと愛されて、応援されるアイドルになるわ」


 ――そんなの、まるで……


「沙羅、あなたは私に似ずに、頭良く育ってくれて助かったわ。顔良し、性格良し、頭良し、完璧ね。自慢の娘よ」


 ――まるで……


「お、お母さん、帰ってくるよね? あんな奴やっつけて、またいつもみたいに、帰ってくるんだよね? 」


 沙羅の震えた声が、静かな夜の森に反響する。


 ――止めて、お母さん。そんなこと言ったらまるで……


 ――最期みたいに……


「ごめんね」


 その小さく呟いた一言の意味は、私も沙羅も理解していた。

 でも、分かりたくなかった。


「い、嫌だよお母さん! 私も一緒に戦う! だ、大丈夫だよ。空亡と私も一緒に3人で戦えば」


「ダメよ。あなたも赤目も余力は残ってない。万が一2人があいつに食われたら、空亡は完全に顕現する」


 分かっている。もう打つ手はないことは。

 分かっている。お母さんはきっと、死ぬつもりだ。


「空亡、私と青目を幽世に閉じ込めて」

「良いのか? 」


 ――待って、待って……。

 ――まだ、親孝行なんて、何も出来てないの。

 ――だから、待って……。


「この子達に、嫌なもの見せたくないもの」


 ――嫌だ、行かないで。お母さん。


「……分かった」


「元気でね、みんな」


 ――待って!


「“幽世”」


 空亡の術の発動と共に、母と青目は私達の前から消えた。

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