第18話 強者
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
龍神の巫女は息を切らしていた。身体には多くの切り傷が刻まれている。
そのどれもが致命傷には至らないものだが、口元に微笑を浮かべる空亡と比較して、彼女の劣勢は明らかだった。
――まさか、ここまで力が戻っているとはね……。
生きて戻れるとは思っていなかった。ただ、愛する我が子のために、足止めを試みたのだ。
しかし、空亡がこれ程力を取り戻していることは、誤算だった。
妖怪を使役する力も持ち合わせている彼は、おそらく結界の外にもそれを配置したはずだ。
だからこそ赤目の空亡も共に弾き出したのである。僅かな希望を掴むために、もう1人の空亡に託した。
「やはり、お前は強いな」
空亡は呟く。
口元の微笑が消えたことが、その言葉が嘘偽りのない本音であることを物語っていた。
「そりゃ、はぁっ……はぁっ……どうも」
呼吸を整えながらも、紗奈は笑って言葉を返す。
強がりではあったが、それは彼女が空亡に対して恐怖を感じていないことの表れでもある。
「“
紗奈は一気に踏み込んで、空亡との距離を急激に詰める。
拳に渾身の霊力を纏わせて、思い切り殴りつけた。
「“
しかし、空亡にダメージはない。いや、そもそも当たっていなかった。
彼の妖術であった。
「やっぱり、空亡の妖術は特別ってわけね」
「当たり前だ。そこらの雑魚と一緒にするなよ」
空亡は紗奈の腹に手を当てる。
「“
彼女の腹に、強く激しい衝撃が叩き込まれた。
「がっ、はっ!」
勢いよく吹き飛ばされ、地面に倒れ伏す紗奈。
口から鮮血を撒き散らし、内蔵へのダメージを知覚する。
「やっぱり、返ってくるのよねぇ……」
空亡の固有の妖術、それは空間そのものを操る術。
「お前の攻撃を別空間に飛ばして、それをお前に返した。どうだ、見たことないだろ? 」
ふらつきながらも、紗奈は立ち上がる。
「さらに、こういうこともできる」
空亡が手を向ける。
紗奈が危険を察知して、咄嗟に躱したその次の瞬間には、先程まで彼女が立っていた地面に斬撃が飛ばされた。
「過去に別空間に飛ばした攻撃は、永遠に記憶してまた使える……インチキな能力ね」
この攻撃の最も恐ろしいところは、目に映らないところだ。
通常の斬撃であれば、武器や相手の動きを見て避けることができる。
しかし、空亡の場合はその空間にそのまま攻撃が飛んでくる。
予想不可能の不可避の攻撃だ。
紗奈がここまで対応できているだけでも、彼女が異常なまでの強者であることを示している。
「お前も、大分インチキだぞ? 」
空亡の左頬から赤い体液が伝う。大きく裂かれたその傷を付けた相手は明白であった。
「“幽世”を使っても、俺が視認できてさえいなければどうにもならない。お前も十分化け物だ、俺に傷を負わせたのだから」
避ける寸前、紗奈が飛ばした
「お前があの娘たちを、霊術使いとしてしっかりと育てていれば、今の俺だったら倒せたのかもしれんのにな。勿体ないことをしたものだ」
「あの子たちは、霊力なんてものに縛られずに自由に生きて欲しい。母親としてのささやかな願いよ」
「龍神の巫女としては、0点だな」
空亡は再び妖術の発動を準備する。
「だが」
もはや余裕も慢心も無い。彼は眼前の巫女を確かな強敵として認めていた。
「母親としては、100点だ」
「随分優しいじゃない」
空亡の手に膨大な妖力が蓄積されていく。ただそれだけのことで、大地は震えていた。
「評価は正当になされるべきだ」
溜められた膨大な妖力。街ひとつ程度は簡単に消せるそのエネルギーの塊が、球体状の実体をもったものとして表れた。
「“
――もう、これしかない……!
「
紗奈が覚悟を決めて発動しようとした、龍神の巫女の奥義、それを使う前に両者の間に割って入る者たちがいた。
「莉子!? 」
結界を無理やりこじ開けて侵入してきた、彼女の家族たちと赤目の空亡。
彼女らは青目の空亡と対峙した。
莉子が、叫んだ。
「あいつを倒して! 空亡! 」
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