第16話 化け猫
バリバリとガラスが割れるような音が耳を切り裂く。
最強の妖怪と最強の巫女が発する莫大な力がぶつかり合い、大地を震わせ、空を怯えさせていた。
「弾けなかった……! 」
やがて、互いが力の放出をやめる。
押し勝ったのは、空亡だった。
「俺だけ外に弾き出す結界か。子供たちを守るための苦し紛れの策だな」
言うと、空亡は口が裂けんばかりに口角を持ち上げた。
「どうせ死ぬ時は、家族一緒が良いだろう? 連れてきてやるよ」
「何を……
空亡は印を結ぶ。
空間が割れた。
決して物体などない、空気があるだけの空間。そこがプレパラートのようにひび割れ、破片を飛び散らせながら弾けた。
その裂け目からキャシーを抱いた沙羅が現れる。
「ここは……? 」
彼女は何が起こったのか理解できて居ない様子で、頭を左右に動かして情報の取得を試みていた。
「子供たちは巻き込ませないわよ! “離間結界”! 」
お母さんは再び術を発動する。
空亡には通じなかった技だが、今回の対象は彼では無い。私達だ。
私と沙羅、そして赤目の空亡を対象として術を発動した。
「お母さん! 」
結界の外に弾き出される間際、母に向かって伸ばした手は
構築された結界によって、次第に2人の姿は見えなくなっていく。
「キアアアアアア!!! 」
超音波を思わせる高い音がやかましく反響した。
5メートルはあろうかという巨体に、体毛を生やした熊のような妖怪が2足で立っていた。
前腕は巨木より太く、目は赤く光っている。
「あの野郎、結界の外に妖怪を出しやがった……」
空亡がぶっきらぼうに言う。
「ねぇ! 貴方も空亡なんでしょ!? 倒せないの!? 」
藁にもすがる思いで、隣に立つ得体の知れない妖怪に助けを求める。
こいつが信頼できるのかは分からないが、あっちの空亡と敵対関係にあることは確かだろう。
そうでなければ、お母さんが私達とこいつを一緒にする訳がない。
「俺は目覚めたてで妖力が殆ど戻ってない。やるだけはやってやるが、死ぬ覚悟くらいはしとけ」
その言葉に加え、更に絶望を煽る要素がもう1つ。
私達を取り囲むようにして、鬼、蜘蛛、動物とそれぞれの形をした妖怪がこちらを見ていた。
敵は1匹ではなく、大量にいたのだ。
「莉子ちゃん……これは? 」
沙羅はまだ状況を飲み込めていない。
「ごめん、沙羅。説明してる余裕は無さそう」
「来るぞ! 俺のそばから離れるなよ! 」
空亡が叫んだのとほぼ同時。囲んでいた妖怪達が一斉に攻撃してくる。
「雑魚どもが、いい気になりやがって! 」
空亡は妖術ではなく、妖力を纏わせた体術のみで交戦していた。
妖力が戻っていないから術が使えないのだ。
しかし、さすがは最強の妖怪と言われるだけある。術を使わずとも、無数の妖怪を相手どって、互角以上に戦っている。
私達に近づけないように、注意を払いながらである。
どれほど時間が経っただろう。
未だに私と沙羅、キャシーに傷は無い。周りには無数の妖怪の死体。
しかし、空亡も数に押され、私達を包囲する妖怪の輪は次第に狭くなっている。
「きゃああああああ! 」
そして、ついにその輪は沙羅に接近するに至った。
岩をも簡単に砕く妖怪の腕が、彼女の細い腕を掴んでいる。
妖怪相手では隠密術も意味が無い。
「沙羅! 」
私も右手を伸ばす。しかし、こちらもまた左腕を妖怪に掴まれていた。
「ぐあああああ!! 」
ミシミシと腕が
それでも沙羅に手を伸ばそうと試みるが、届くはずもない。
「くそ! 間に合わねぇ! 」
空亡も他の妖怪に足止めを食らっている。
沙羅は必死にお母さん、お母さんと呼んでいるが、彼女は今、結界の中で青目の空亡と戦っている。
「あっ……」
巨大蜘蛛の形をした妖怪の、牙が生えた不気味な口が、彼女に迫る。
「沙羅ああああ!! キャシィィィィ!! 」
すぐには食べない。妖怪はゆっくり、ゆっくりと、お気に入りのデザートを食べる時のように、私達の反応を楽しんでいた。
「お、お母さん……助け……」
身を震わせる沙羅。キャシーと共に、その体が飲み込まれる。
刹那、蜘蛛妖怪の身体が内側から爆発した。
揺れる三又の尻尾、黄色く光る目、山の大木にも引けを取らない体。
三又の猫が、沙羅を咥えてそこに居た。
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