第14話 四条 紗奈②

「新しい服を買いに行きたい」


 私と沙羅の提案をふたつ返事で了承した母と共に、私達は人里のデパートでショッピング中だった。


 キャシーもゲージに入れられて、私の右手にいる。


「大人しくしてるんですよー」


 ゲージに入れる前、家で沙羅がそう言ってキャシーを撫でようとしたが、そっぽを向かれてしまった。


 この子は沙羅に中々懐かない。


 なのでゲージも私が持つしか無かった。


「莉子はボーイッシュな方が似合うかしら……いや、でもあえて可愛い系というのも……沙羅はワンピースとか良さそうよね……」


 お母さんは真剣な表情でぶつぶつと何か呟いては、私達に合う服を本気で選んでいる。


「やっぱり2人とも素材が良いから何着ても似合うわね。さすがは私の娘達よ! 」


 この人は恐らくかなりの親バカに分類される人だろう。自分でも甘やかされてると感じる機会が多い。


 今日、私達には計画があった。

 5月14日、母の日。日頃甘えている母にプレゼントを買おうと、サプライズを企てていたのだ。


「いつ渡そうか」

「帰り際にやります? 」


 母に聞こえないよう、声を潜めて沙羅と話し合う。

 既にプレゼント購入は済ませていた。

 母の目を盗んでこっそりと。


 ――プレゼント、人に渡すの初めてだから、緊張するわ。


 手に持った紙袋を握りしめながら、その時を待つ。


「きゃあああああああ!! 」


 突如耳をつんざく悲鳴が上がった。


 客が一斉にそちらを振り向く。

 そこには銃を持った目出し帽を被った男が2人。


「おい! 早く金出せ! 」


 店員に銃を突きつけながら金銭を要求している。

 明らかに強盗である。


「ちょっと……こんなデパートで強盗? ああいうのは普通銀行とかでやるものじゃないの? 」


 お母さんは慌てる様子は全くない。いつも妖怪と戦っているのだからさもあろう。


「おい! お前こっちに来い! 」


 次に声がしたのは私達のすぐそば。

 もう1人いたようだ。


「え! ちょっと、私ですか!? 」


 そいつは沙羅の腕を掴んでその頭に銃口を向けた。


「あんた! 何やって……! 」

「動くな! こいつは人質だ」


 お母さんが詰めよろうとするが、沙羅が人質にされては動けない。


 沙羅も母も、霊術を使えば簡単に状況を打破できるだろうが、術士が街で霊力を使用するのは禁じられている。


「くそっ! 早くしろって言ってんだろ! 」


 グループのうち、1人が銃を発砲。どうやら、思っていた以上に、頭がおかしい奴らだったようだ。


 狙いを定めずに放たれた弾丸は跳弾し、私の右腕を掠めた。


「いっつ……! 」


 腕に広がる激痛と熱さ。床に赤いものが垂れる。


 キャシーのゲージと、プレゼントを入れた紙袋が落ちてしまった。


 その刹那、母の姿が消えた。

 少しだけ見えたその顔は、まさに鬼の形相だった。


 そう思った瞬間には、3人の暴漢は地に倒れていた。


「沙羅! 莉子! 大丈夫? すぐに治すから」


 片手で沙羅を抱きしめながら、母は治癒術で私の腕を治していく。

 即座に傷は塞がり、出血も止まる。


「お母さん、霊術……」

「緊急避難? ってやつよ。問題ないわ」


 母はそう言って快活に笑う。


「みぃ」


 落としたキャシーも心配してくれたのか、傷があった場所を舌で舐めてくれる。


 服に付着していた血を舐め取りながら、こちらを心配そうに見やってくる。


「大丈夫だよ」


 安心させるように右の手で頭を撫でてやった。


「びっくりしました……」

「ごめんね、私が付いていながら……ん? 莉子、これいつの間に買ってたの? 」


 母はそう言って紙袋を拾い上げる。


 私と沙羅は顔を見合わせ、アイコンタクトを取った。


 周りは大騒ぎだけど、もうここで渡してしまうか。


「あの、今日母の日でしょ? だからお母さんにプレゼントあげたいなって」

「私達で2人で」


 沙羅の方も、持っていた紙袋を渡す。


「2人とも……開けてもいい? 」


 私達は揃って頷く。

 警官が到着したり、従業員が右往左往したりする中、アンバランスは日常がそこにあった。


「どう、かな? 」

「似合うと思ったんだけど……」


 沙羅が選んだのは、赤い髪紐。いつもポニーテールにしているため、それを結えるよう選んだようだ。


 私はピアス。母は私達にはオシャレをするように、と服やアクセサリーを買おうとするが、自分は飾り気がほぼない。


 美人なのだから、母こそオシャレをすべきだと思って買ってみた。


「すごい嬉しいわ……あり、ありがとう2人とも……大事にする……」


 感極まって号泣するその姿を見て、私達はサプライズの成功を悟り、2人で笑い合う。



 この日々がずっと、永遠に続けばいい。そう願っていた。

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