第13話 四条 紗奈

 産まれた時より、私の人生は決まっていた。


 龍神の巫女としてこの四条家に生を受けた時から、私はとしての生活を余儀なくされた。


「紗奈、もっとだ、もっと修行しろ。どんな妖怪も倒せる程に強くなれ。それが、四条家のためだ」


 幼少の頃から、父に貰った言葉はこれしか印象に残っていない。



 ある日のことだ。


「こいつと子供を作れ」


 ぶっきらぼうに渡されたアルバムに写っている男。どこかの霊術家れいじゅつけの名家の末っ子だという。


 四条家の血を絶やさないため、巫女の力を継承するため、私は子を孕むことになった。


 17歳の時だった。


 いつ死ぬか分からないから、今のうちに子供を産ませよう、ということらしい。



「くそっ、くそっ!ふざけんな! あのろくでなし! 」


 退治した妖怪の死体を、ひたすらに殴って八つ当たりする。


 いつもそうだった。私の人生に関して、私の意思が介入できることは皆無だった。


 これが私の、龍神の巫女の運命さだめだ。



 結局、私はその名家の男と子供を作った。


 ただ、世継ぎ作りを強行的に推し進めた父と母はもう居ない。

 2人揃って任務中に妖怪に殺された。


 ざまぁみろ。

 それが知らせを聞いた時の感想だった。


 私と子供を作った名家の方も、長男の子供の霊力が強かったとかで、末っ子の子供はもう必要無い、と一方的に縁を切られた。


「もう、いいや」


 この子供も、捨ててしまおう。

 父も母も居ない今、私を縛るものはこの子だけ。

 これで、私は自由になれる。






 橋の下の河川敷。鉛色の曇天の日、ダンボールの中に、腹を痛めて産んだ我が子を捨てようとした。


「おぎゃあ!えええん!」


 私に捨てられることを本能的に悟ったのか、腕の中のその子は心臓を貫くような悲鳴を上げる。


 その泣き声を聞いた時、頭の頂点からつま先までが、急激に冷えていくのを感じて、私は我に返った。




「っ! ごめんね! ごめんね! 私、こんな……! 貴方は、何も悪くないのに……ごめんね、ごめんね……もう、こんなことしないからね……ごめんね……」


 必死に抱きしめて、何度も何度も、懺悔ざんげする。


 降り出した雨が私を穿っている。


「絶対、絶対に私が、守るからね……!」


 この子には、私と同じ思いはさせない。

 強くなくてもいい。才能なんか無くてもいい。


 どんな子でも、私が愛そう。


 だって、私がこの子を産んだのだ。私が母親なのだ。


 私の人生に、初めて私の意思によって道ができた。



「あの子、本当に巫女にしないの? 霊力は強いのに」

「何度も言ったでしょ、夜子。あの子は、ただの幸せな女の子になるのよ」


 個人経営のボロいおでん屋台。

 昔馴染みの友人と酒を飲む。


 星がよく見えていた。


 あの子、沙羅ももう10歳になった。本来ならそろそろ巫女としての修行を始める頃合いだ。


「でも、それじゃあ貴方が……」

 彼女の持つとっくりの、なみなみと注がれた日本酒が揺れた。


「ねぇ紗奈。龍神の巫女は孤独なものよ」


 彼女がこちらを見ているのが分かる。

 私の横顔に寂しげな視線を感じた。


「どんなに愛情を注いでも、どんなに我が子が愛おしくても……」


 酒を煽った。いつもと変わらない辛口だ。


「最期は、きっと孤独よ」


 分かっている。誰よりも理解している。

 それは、私の今までの人生が証明していた。


 でも、


「私はね、孤独を癒すためにあの子を育ててるんじゃない。あの子には毎日笑ったり、怒ったり、悲しんだり、そういう当たり前の感情を出せるような、そんな日々を送って欲しい」


 また酒を入れて、飲む。


「見れるかどうかは分からないけど、普通に学校に行って、友達作って、好きな人と恋して、生きたいように生きられる。そうなって欲しい」


 自分でも理解はしている。

 きっと、彼女が大人になっていく過程で、そのどこかで、私は死ぬ。


 でも、それでもいい。



「私がどうなっても、子供には幸せになって欲しい。母親って、多分そういうものよ」


 私が、世界で1番愛してる子。


「例え愛情が返ってこなくても、私は自分の子供を守れるなら、最高の笑顔で死ねるわ」


 あの子のためになるんだったら、私はどんな責め苦だって喜んで受けられる。


 それくらい、愛おしくて、たまらない。






 今は、世界で1番の子が、2人になった。

 同率で1番だ。



 2人目のこの子には、どこか昔の私と同じものを感じた。


 恩愛や友愛、情愛を、受けてこなかった子。


 どうしても、放っておけなかった。


 今までの分、とびっきりの愛情を感じて欲しかった。


 私みたいに、ならないで欲しかった。


 この2人の子供は、私のようにはしない。


 この子たちは、私が……


「絶対に守るからね、2人共」

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