第12話 家族④
夏も終わり、願龍山の木々が色彩豊かになってくる。
この時期になると、私と沙羅は山に繰り出して山菜を採るのが1つの恒例行事だ。
「あっ、このキノコ食べられそう」
収穫はかなり適当だ。本来なら、素人が勝手に山の幸を採るなど危険すぎる。
しかし、私達の場合は事情が違った。
「ねぇ、そんな適当に拾って毒とか大丈夫なの? 」
ある日私は、沙羅にそう尋ねた。てっきり彼女かお母さんが、山菜に関する知識を持ち合わせているのかと思っていたが、どうやら違うらしい。
「大丈夫です。お母さんに食べてもらえば分かりますから」
この子は自分の母親を毒味役にしているのか、と初めて聞いた時は冷ややかな視線を送ったものだ。
「お母さん、毒とか効かないんですよ。霊術で自然界の毒は分解できるし、食べれば毒物かどうかも分かります」
霊術というのは便利なものなのだ。
私もお母さんに術は教わっている。しかし、それは基礎的で簡単なものばかりだ。
それは沙羅も同じ。
理由を尋ねると、
「2人には、霊力に縛られないで自由に生きて欲しい」
とのことだった。
彼女の苦労はよく分かる。妖怪退治のために時折家を留守にするし、何日も帰って来ないこともよくあった。
最初は私は心配でたまらなかったが、沙羅の方は自分の母の実力に絶対の信頼を置いているようだった。
「お母さんは妖怪なんかに負けませんよ。絶対に」
誇らしげに胸を張ってそう宣言する彼女の目には、1点の迷いも無かった。
そんな生活を送ってきたからだろう。お母さんは、私達を強くしようとは絶対にしない。
でも、この国に住むということは当然、その危険が付きまとう。
「が、ああああああああああああ!!! 」
妖怪だ。
芋虫のような見た目をした、何とも気色悪い怪物だった。
「また出ましたね」
「最近多くない? 」
こういう時の行動は決められている。
逃げることでは無い。それでは追いつかれる。
戦うことでも無い。勝てるはずがない。
やることはただ1つ。
「お母さーん!! 助けてー! 食べられるー! 」
沙羅が山全部に響き渡るくらいの声量で叫ぶ。
これが私達の取るべき行動。
四条家の約束ごと、その1。
『危ない目にあったらすぐに母を呼ぶべし』だ。
「あああああああ!!! 」
潰れたカエルみたいな声を出しながら、妖怪がその口を開けて、私達を捕食しようとする。
吐き気を催す生臭い口臭が漂うほど、近くに接近してくる。
あと少しで、2人共あの虫の腹に収まるだろうというところで、空に影が写る。
「ふんっ! 」
爆発のような地鳴りの音と、台風のような衝撃が広がる。
妖怪は地面にめり込んで、もう動かない。
その頭には拳の痕が残っている。
「怪我はない? 2人共」
空から現れたお母さんは、パンチ1つで妖怪を仕留めてみせた。
私達がどこにいようとも、助けを求めれば彼女はどこからでも一瞬で飛んでくる。
これが自由を保ちつつ自衛も両立させる、家族のルールだ。
「私が絶対に守るからね、2人共」
私達を強く抱擁して、優しく耳元でささやかれる。
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