第10話 家族②

私が四条家の家族となってからの日々は、それまでに経験のないものばかりだった。


食事の時は全員で同じ食卓を囲んで、雑談に花を咲かせる。


家事は分担制で、時々ジャンケンをして、勝った人がサボったりする。


何より驚きだったのは、学校に通わせて貰えた。

正直、霊力が宿ったと聞いた時には、もうまともな生活は送れないと思っていた。


しかし、紗奈さんが討魔庁にかけあってくれたようで、一般人の目がある場所では霊術を使わない、という条件付きで人里での活動を許可された。


新しい学校には、私のことをいじめる人はいない。みんな仲良くしてくれている。


もちろんお風呂も入れるし、制服しか持っていなかった私に、私服まで買ってくれた。


夜はふかふかの布団で眠れる。


「こんなに、良くしてもらっていいんですかね」


ある日、私は紗奈さんにそう尋ねた。

沙羅さんも受け入れてくれたとはいえ、血が繋がっている訳でもない、よその子供である。


「こんなに、至れり尽くせりで」


あっさりと家族として認めて貰えたこともそうだが、ここまで至れり尽くせりだと困惑してしまった。


「莉子は、幸せに対する耐性が無いね」


私を家族と呼んでくれたあの日から、紗奈さんは私のことを“莉子”と、そう呼ぶようになった。


「あったかいご飯食べて、お風呂に入って、眠って、それはね幸せなことではあるけど、“当たり前の幸せ”じゃないとダメなの」


包まれるように、頭を撫でられる。


「学校行って、友達作って、可愛い格好してオシャレになって、これは至れり尽くせりなんかじゃない。莉子は、幸せになっていいんだよ」

「でも、私なにも返せない……」


そうだ。所詮私は子供で、まともに働くこともできない。せいぜいアルバイトをしたり、家事を手伝う程度だ。


「いいのよ。子供はね、貰えるだけ貰っていいの。甘えて、いいのよ? 血は繋がってなくても、私はもう、莉子の母親なんだから」


頬に一筋、熱いものが伝った。

この瞬間に、自分が認められた気がした。


抱き寄せられ、紗奈さんの胸に顔を埋める。


「貴方、まだ素の自分、出してないでしょ? もっとワガママ言っていいのよ? 家族に敬語なんかいらないんだから」


「うん……! ありがとう、“お母さん”……! 」


お母さん、と誰かを呼んだのは、これが初めてだった。


その後、私は紗奈さんの、いやお母さんの胸の中で泣き疲れて眠ってしまったのを、よく覚えている。








――ここは、夢の中だ。

はっきりとしない脳の中であっても、それは理解できた。


森の中。願龍山だろうか。

生い茂った木々の隙間、そのぽっかりと穴が空いた空間に、私はいた。


祠がある。小さなみすぼらしい祠だ。


こけが生えているし、使われている木材は朽ちかけている。


何故だろう。吸い込まれるような、引き込まれるような、そんな気分だ。


私の足はなんの戸惑いを見せることもなく、祠に向かっている。


――来るな。


誰かの声が聞こえる。


――――来るな。


私を拒んでいる。


――――――来るな。


しかし、私の足は止まらない。


やがて目の前に立った。


私は手を伸ばす。何かに駆られるように。何かに、操られるように……。


私の手が、それに触れようとしている。


あと20cm。


10cm。


5cm。




「やめろ! 」










私はそこで目を覚ました。

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