第9話 家族①

 家の中は広々としていた。とても2人で暮らす大きさとは思えない。


「日も暮れてるし、夕飯食べながら話そっか」


 紗奈さんはそそくさと、恐らく台所の方だろうか。歩いて行ってしまった。


「莉子さんも霊術が使えるんですか? 」


 沙羅が私の顔を覗き込んで聞いてくる。


 少し背の小さい彼女のか顔は、年相応の可愛らしさと、紗奈さんゆずりの美しさが混在していた。


「霊術? そんなの使えないです」


 日本では、産まれたその時に霊力を持っているかどうかを測定される。


 そして、霊力があると見なされた人間は、“霊力者”として戸籍などを通じて政府の管理下におかれる。


 霊力を悪用すれば、直ぐにバレて最悪死刑となる。


「沙羅。それは私から話す」


 奥の台所から、鍋を持った紗奈さんが現れる。花柄の鍋つかみで、煮えたぎった土鍋をしっかり握っている。


「食べながら、話しましょ」




「いただきます」


 食卓には、鍋の他にも色とりどりのおかずが並んでいる。


 私はまず、お鍋から白魚を切り分けて、口に運んだ。

 出汁の味がしっかりと染み込んでいて、噛んだ瞬間に熱い汁と一緒に旨みが口いっぱいに広がる。


 出来たての暖かい食事など、いつぶりだろうか。いつもの冷めたコンビニ弁当とは、全く違ったものだった。


「猫さんの方も、美味しそうに食べてますね」


 キャシーは四条家が昔に飼っていた、という猫のキャットフードにありついている。


 沙羅ちゃんに撫でられながら、なんとも心地よさそうに食事を楽しんでいるようだ。


「さて、本題だけど莉子ちゃん、貴方の身体には今、霊力が宿っているの」


 お箸をお皿の上に置いて、真剣な眼差しで紗奈さんは続ける。


「きっと、心当たりもあると思うの。見たところ、貴方の力はとても強力なの。それこそ、貴方自身の身を滅ぼしかねない程に」


 心当たり。私にははっきりとした光景が目に浮かんだ。


 弾けた頭、飛び散る鮮血。突拍子もなく訪れたその非日常的な光景は、確かに私が引き起こしたものであると、そう確信を持っていた。


「分かっています。なんで今更なのかは、分からないけど」


 私の戸籍情報はしっかりと存在しており、霊力者だとの通達も受けていない。

 つまり、私の力は後天的に発現したものであるということだ。


「私も詳しいことは分からない。でも、おそらくだけど、それは貴方が“亡雫”としての能力を持っているから、だと思うの」


 さっきも言っていた、“亡雫”。今まで聞いたことのないその言葉が、今私を取り巻いているこの状況に、深く関わっていることは自明だった。


「その、亡雫、っていうのは? 」

「亡雫は、の力の源よ」


 私は言っている意味が呑み込めず、じっと紗奈さんの目を見るしか無かった。


「封印されていた空亡が、急に目覚めて、しかも肉体を持って動いている。完全な状態では無さそうだったけどね」


 確かに、空亡は1000年前に封印されていたはずだ。それが何故私の前に現れたのか。


「それは、空亡の力の根源たる亡雫が存在したから」

「なんで、私がそんな力を……」


 少なくとも、つい先日まで私は普通の女子高生だった。決して、そんな人外の力を保有できるような存在ではなかったはずだ。


「亡雫っていうのは、一定の周期で日本のどこかに必ず現れるものなの。1000年間それが発現しなかっただけ。貴方は産まれた時にはその素養を持っていたはず。そして、それが空亡に祈りを捧げることによってあらわになった、というのが私の仮説」


 確かに、私は毎日空亡に祈りを捧げていた。信仰していた、と言ってもいい。


「そして、これが最も重要なことよ」


 無意識に喉が鳴ったことが自分でも分かった。

 きっと、私は運命のイタズラという事象に直面している最中である。


「貴方はね、本来ならの亡雫ではないの」


「え? 」


 あの? なぜそんな言い方をするのか、それではまるで……


「貴方はね、この願龍山がんりゅうざんに封印されている、1の亡雫なの」


「空亡って何人もいるんですか!? 」


 思わず声が大きくなる。あんなことができる妖怪が、複数いるとはとても想像が及ばなかった。


「空亡2人だけよ。でも、ここに封じられてる方の空亡は、かなり危険。しかもあっちとは違って、本来の根源である貴方に接触した場合は、完全に顕現けんげんできる」


 死者を蘇らせ、記憶も操作できる。空亡はそれで不完全な状態。

 それが全盛の力を取り戻して、暴れでもしたら……


「そんなことになったら……」


「この世の、終わり」


 紗奈さんの低い声が、耳に残った。


「貴方が亡雫であることがバレたら、きっと狙われるわ。強大な力を悪用しようと考えるバカはそこら中にいるもの」


 紗奈さんは、私の元に歩み寄った。

 そして肩にそっと手を置く。


「だからここに居なさい、私達の家族として。私がいれば万が一の時もどうにかなるから。」


 その目は優しく細められ、慈愛に満ちていた。


 私が、向けられたことのない目。


「でもいきなり、そんな、家族なんて、迷惑に」

「大丈夫です」


 横から言葉を遮られる。


「ここは、そういうことが許される場所なんです」


 沙羅さんはニッコリ笑って言った。




 これが、私の“本当の家族”の始まりになった。


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