第8話 記憶
――
私の脳には無い単語だった。
「保護してやってくれよ。この力が目覚めた時、“
紗奈さんは、しばし考えているようだった。
「この山に眠ってる、あいつのこともある」
あいつ? 誰のこと?
「ちょ、ちょっとさっきから一体何の話を……」
「その子の親は? 」
親、という言葉が耳に入った途端、私の思考は停止した。
「まず親御さんに話してからの方が……」
「嫌だ! 」
紗奈さんの言葉を遮るようにして私は叫んだ。
「あそこには戻りたくない! 」
そうだ。あんな、あんな地獄。息がつまりそうで、吐き気がして、とても家なんて呼べる場所じゃない。
「ああ、なるほどね。お人好しの妖怪さんが、わざわざ連れてくるような子だもんね」
カツンカツンと、地面に敷き詰められた石がぶつかる音で、紗奈さんがこちらへと歩いてくるのが分かった。
頭に暖かい手が乗るのが分かった。
「いいわよ、ここにいて」
目の奥がツンとする感覚があった。目が熱くなる。
最初の言動からして不安があったが、多分、いや絶対に悪い人ではない。
「お前も大概お人好し、だな」
空亡はクスッと笑って言った。
その後、空亡は帰ると言って来た時と同じように、柏手を打って空間を歪めて帰路について行った。
「まずは自己紹介ね。私は、
紗奈さんが顔を向けた方を見る。
そこには、黒髪ロングでスレンダーな女の子が立っていた。
服は巫女服ではなく、大量の骸骨が踊っている謎のプリントが入ったTシャツと、猫の顔が
少し、いやかなりダサい格好である。
しかも、さっきまでそこには誰もいなかったはずなのだが……。
「娘の
「お話は、ずっと聞いていました。新しい家族の人、ですよね」
聞いていた? でも、誰もいなかったはず。
「あ、私姿を消せるんです。こんなふうに」
沙羅の身体は、カメレオンのように透過していき、背景と完全に一致。視認することができなくなった。
「沙羅は隠密術の使い手さ」
紗奈さんが言うと、沙羅が再び現れ、「えへへ」とおどけてみせていた。
「わ、私は九条莉子って言います! 」
慣れない自己紹介を慌ててやった。こんなに優しそうな人間に囲まれたことなど、今までなかった。
「あ、あの……隠密術? って……それから、亡雫って? 」
「そうだろうね。まだ知らないことが多いだろう。1つずつ教えてあげるから、まずは家に上がって」
招かれるまま、神社の裏手にある玄関へと向かう。
「あの、空亡様とはどういう関係なんですか? 」
紗奈さんは私より頭1つ分身長が高い。
顔を見るには、見上げるようにしなければならない。
「いいのよいいのよ、様なんて付けなくて。だってあいつは……」
彼女が不意に言葉を詰まらせた。
「あれ? あいつ、は? 私、あいつとどうやって知り合ったんだっけ……? 」
そう言った彼女の声は震え、目は泳いでいた。
「ご、ごめん。何だか、よく分からないや。はは……」
突然態度が急変した紗奈さんの様子に、私は疑問を持ちつつも玄関から家に上がった。
――――お前と俺は、昔馴染みの友人。そうだろ? 紗奈。
隣を歩く私の娘2人が、自分を追い越した時、頭の中に“彼”の声が聞こえた。
「そう、だっけ? あぁ、そうだった、かな」
独りで呟いたその声は、2人には聞こえていなかったようだった。
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