第7話 役目

「じゃあ、飛ぶぞ」

「え? もう飛んでるじゃん」


 空亡様は私の肩に手を置いて、ニヤッと笑った。


「違う違う。こういう事さ」


 一瞬で景色が変わる。カーテンが一気に開くみたいに、パッと。


「森……? 」


 辺りには大木が生い茂っており、風邪で葉っぱたちが擦れる音がして、涼し気な雰囲気を感じる。


「ここに、お前の家族になってくれる奴らがいる」


 空亡はそういうが、この森には人の気配は感じない。人が存在することを拒むような、そんな雰囲気を感じる場所だった。


「お前は普通じゃない。だから家族も、尋常の人間ではない奴の方が良い」


 どうやらこれから会う人は人間ではあるらしい。妖怪の知り合いというから、同じ妖怪を紹介されるのかと焦っていたが、杞憂に終わりそうで何よりだ。



 空亡は、どんどんを進めていく。

 私達が進むにつれて、木々の奏でる木の葉のが、次第に大きく、激しくなっていく。

 まるで森が怒っているような、焦っているような、または警告を出しているような、そのどれもが適当であるかのように感じる。


 キャシーも、ニャーニャー鳴いて私にしがみついている。


「この山には、恐ろしい妖怪が封印されているんだ」


 前を歩く空亡は、着物の袖に腕を突っ込んで、振り返ることなく話し始める。


「今から会いに行くのは、それを封じている巫女だ」


 巫女、と聞くと私達一般の人間が思い浮かべるのは、討魔庁の巫女だ。


「一応、討魔庁の人間さ。俺が封印されている間も、思念体で何度か会話している」


 きっと、心を読まれた。この男の前では隠し事はできないであろうことは、明白であった。


「ここら辺か」

「え? ここ? 」


 空亡が止まったのは、山道の道中。家どころか、気の切れ目すら見えない。


 彼が柏手を1つ打った。すると、それまであった景色がパズルのように崩れていく。


 森の変わりに現れたのは、巨大な神社だった。

 鳥居の両端には狛犬、の代わりに石造りの龍がとぐろを巻いて鎮座していた。


 暫時、私は呆気にとらわれていたが、砂利を踏みしめる大きな足音で我に返った。


「なになに! 何事!? なんで結界が ! 」


 神社の裏手から猛スピードで走ってきたのは、巫女服を身にまとった女性。


 長い茶髪を赤い紐でポニーテールに縛っている。

 息を呑む程の美人だった。


「よぉ、紗奈さな


 空亡は彼女に対して、気前よく片手を上げて挨拶した。

 しかし、


「誰? あんた」


 彼女は全く記憶にない、というトーンで冷たくあしらった。


「おいおい……本気か? 空亡だよ。友人の声と顔を忘れたのか? 何度も話しただろ? 」


 紗奈、と呼ばれた女性は、暫く顎に手を当てて考え込んだあと、電流でも浴びたみたいに急に顔を上げた。


「ああ! 空亡ね! 思い出したわ」


 大丈夫かな、この人。

 まさか、とは思っていたが、空亡が紹介すると言った人間が彼女ではないことを、私は祈っていた。


「こいつの母親になってくれ」


 ……私の祈りは届かなかった。


「はあ!? いやいや、その子誰よ? まさか、あんたの子ど、も……」


 彼女の声は、尻すぼみするようにか細くなって消えていく。


 紗奈の目は見開かれていた。


「あんた、その子」


 空亡は私の肩に手を置いて答える。




「ああ。こいつ、そのものだ」

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