第4話 邂逅

 私がこの世で2番目に嫌いな、あの媚びた薄汚い声。最も会いたくない人間達。

 私は咄嗟にキャシーを抱き寄せる。


「莉子ちゃ〜ん、何してんのよ〜。そんなに泣いちゃって……ってうわ! キッモ〜、なにその汚ったない猫の死体」

「内蔵出てんじゃん、なんでそんなの抱いてるの」


 金髪女に、それの太鼓持ちが2人。

 答える気力など無い。さっさと飽きて帰れば良いのに。


「おい、聞いてんのかよ! 」

 顔を蹴り飛ばされ、私は後方に吹っ飛んだ。衝撃でキャシーを落としてしまう。


「まじキモ、こんなの触ってたの? 」


 金髪の女が石をどけるみたいにキャシーを蹴った。


めて」


「は〜? こんな汚いの道のど真ん中に置いておけないでしょ? 掃除してやってんのよ」


 また蹴った。


 確かに、何かが切れる音がした。


「止めろって言ってんだろ!! 」


 私は夢中で女に飛びかかり、首を思い切り締め上げた。


「がっ、はっ! てめ、なに、して……!」


 ――こいつはキャシーを虐めた。殺してやる。殺してやる。


「てめぇ! 離れろ! このイカれ女! 」


 取り巻きの女が私の腹部を全力で蹴り上げる。1発目は耐えたが、2発目で身体が女から離れてしまった。


 金髪女は咳き込みながらこちらを睨んでいる。


「……じゃえ……」

「はぁ!? 」

「お前らなんか、みんな死んじゃえばいいんだ! 」


 そうだ死ねばいい。こんな奴ら。

 あのクソババアも、この女共も、腹を裂かれて、足蹴にされて、あの子と同じ目に合えばいい。


「さっきから意味わかんねぇんだよ! 」

 取り巻きの1人に胸ぐらを掴まれる。拳を振り上げているのが見えた。

 でも、だからどうした。今更そんなの怖くない。


「死ね! クズ共! 」


 渾身の憎しみを込めて、私は拳を突き出す。

 無駄な抵抗だと思った。

 でも、殴らずに居られなかった。せめて、1発だけでも殴らないといけない、そうしないと、私が私がいられなくなると直感したのだ。





 視界が赤色に支配された。爆発した3つの赤い花火を見て、「トマトみたいだな」と感じた。


 全力で蛇口を捻った時の、噴き出した水みたいな音がする。鼻を刺すのは鉄分の匂い。


 それが血液だと気づくのに、2秒ほどかかった。


 金髪が分からない。取り巻き2人も分からない。

 だって、3つとも、頭が無いから。


 私は何か叫んだのだろうか。それとも、何も言わなかったか。


 自分の声も聞こえず、手も足も感覚が無かった。


 ただただ直感的に、あれは私がやったことだ、とは認識していた。


 気が付いたら私はキャシーを抱えて、いつもの神社の境内けいだいを、おぼつかない足取りで歩いていた。




「誰か、誰でもいいから、助けてください。キャシーを、生き返らせてください……」


 土下座をして、神社にまつられているであろう神か、それとも妖怪か、それにすがった。


 雲より頼りのないその希望。掴むことなどできない、と正常な思考だったら理解できたが、私には無理だった。


 ――私もキャシーのところに


 10分ほどうわ言のように助けを求めていたが、次第にそう思うようになった。


 ――空亡様、これが最期のお願いです。貴方が本当にいるなら、助けてください。


 最後の、最期。そう唱えて終わりにしようと思った。


「にゃあ」


 可愛い声。私の家族の声。


「キャ、シー? 」


 閉じていた目が開いている。傷も塞がっている。血も出てない。


 抱きしめる。暖かい。その感触で確かに生きている確証を得た。


 生き返った。


 何故? どうやって? そんなことはどうでも良かった。今必要なのは、目の前にある事実。それだけだ。




「ほら、叶えてやったぞ。お前の願い」

 毛布に包まれるような、抱擁されるような、安心する感覚を覚えたことは記憶している。


 着物を着ている。髪が短い。

 視覚的に得られる情報だけが、私の脳内回路をめぐり続けている。


雨が上がって、雲の切れ目から陽の光が降り注ぐ。


 1人の青年が、私達の前に立っていた。


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