第2話 居場所

「多重結界! 」

 私の結界と銃弾がぶつかる、甲高い金属音が耳に届くよりも速く、私はステージに降りた。


 ステージには、如何にも悪そうな顔をした男どもが5人。

 その中の金髪で強面の男が叫ぶ。

「馬鹿な! 探知術は阻害していたはず! 」

 彼らは一斉にこちらに銃を向けだした。使用している弾丸には、恐らく霊力を纏わせている。


 この場にいる一般人には幻惑術をかけてある。彼らは今立ったまま意識を喪失している状態だ。


「なんでリコちゃん狙うのか分からないけど、推しに手を出すのは絶対許さないから! 」

 私は再び右手で印を結び、臨戦態勢に入る。

 大丈夫だ。こんな奴ら一瞬で片付けてやれる。


 ――だから、待っててねリコちゃん。すぐにライブ再開させてあげるから。

 私は今は夢の中にいるであろう彼女に語りかけ、戦いに……


「貴女、討魔庁の人? 」

「ふぇっ? 」

 後ろから声をかけられ、咄嗟に振り向く。目が合った。


「リ、リコちゃん!? なんで動けるの!? 」

 しっかりと術はかけた。その証拠に観客は全員私達を認識していない。


「貴方たちは、誰? 」

「は、はぁ!? なんでこの女、術が効かねぇ! 」

 彼女は次に悪漢たちに話しかける。彼らも霊術を試みている様子だが、どういう訳かリコちゃんにそれが通用していない。


「せっかく、ファンの子達と会える日だったのに、楽しみにしてたのに」

 フラフラとした足取りで男達に近づく彼女。


「ちょ、危な……っ! 」


 私は伸ばそうとした手を、咄嗟に引っ込めてしまった。彼女に手で制されたから? 違う。それ以上にとんでもない圧迫感を、その身に感じた。


 身体が触れてもいないのに、私には彼女を止められない。そう脳が勝手に処理してしまった。


「クソ! 」


 男達の銃口から、一斉に火炎が舞った。高出力の霊力を纏った弾丸は、真っ直ぐにリコちゃんに向かっていく。


 ……時間が止まった、そう、錯覚した。弾丸は彼女に衝突するその直前で動きを止め、停止する。


「貴方たち、違法霊力者でしょ? だったら戸籍も作ってないわよね? 」


 混乱して狼狽うろたえる男達を尻目に、彼女は続ける。落ち着いた、冷たい声だ。


「じゃあ殺しても、誰も文句言わないわよね? 」


 私にとって最も重大な言葉はその次だった。推しの口から放たれた本気の“殺す”という単語より、もっと衝撃的で、もっと恐怖を感じる言葉。


「殺して。――――


 ドサっ。漫画なんかで人が倒れる時によく目にする擬音だ。そんな使い古された陳腐な表現が、男達のさまを表すのに最も適当であった。


 彼女が殺して、とお願いした刹那、男達は糸が切れた人形みたいに倒れだしたのだ。


 あまりにも、あまりにも呆気なかった。


 「うぅ……」


うめき声が聞こえる。どうやら、死んではいなかったようだ。


「なーんて、冗談よ」


 リコちゃんは何事も無かったかのように立っている。

 ライブ前と同じ、背筋が針金でも入っているかのようにスっと伸びた、凛とした立ち姿。


 そんな彼女の前に、着物を着た男が1人。


 そばにいるだけで感じる、圧倒的な妖力。ただ見ているだけ。それだけで私には分かった。

 あれは――

 あれは――――

 あれは――――――


「空……亡……」

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