妖の巫女

田中髑髏

プロローグ

第1話 推しと妖怪

 ムワッとした熱気と、それを切り裂くような大歓声が鳴り響いていた。

 日本が誇る人気女性ソロアイドル、“リコ”。今日は彼女の21歳の誕生日ライブであった。


「貴方たち、ちゃんとに盛り上げなさいよ! 」

「うおおおおおおおおおお!! 」

「リコちゃーん!! 」


 決して、キャピキャピとした媚びるような声ではない。アイドルらしい可愛い動きも滅多にしない。しかし、それこそがリコの魅力であった。


 若干ハスキーで、どちらかと言えばかっこいいと感じる声。ほんの少し上から目線で、それでいて不快感が全くないその態度。ありえないくらいに整った美形な顔面。


 長く黒いポニーテールを振り乱しながら、彼女はステージ上で月のように輝いていた。


 他のアイドルとは異なる彼女のスタイルは、男性のみならず多くの女性も虜にしている。


 かくいう私もそのファンの1人。


「あ〜、リコちゃん可愛い〜、顔良すぎ〜。あれで私と同い年なんて信じられんわ〜」

『ちょっとあおい、ちゃんと仕事しなさい』

 うっとりとステージを見ていると、無線で文句が入る。

「分かってるって。ちゃんと霊術で探知してますよ〜」


 今日私、西園寺さいおんじ葵は討魔庁とうまちょうの巫女としてここに来た。ファンとしてライブ鑑賞に来たのでは無い。

 ……本当は後者の目的でここを訪れたかったが。


「ねぇ、空亡そらなきの復活、ほんとに信じてる? 」

 私は最上階から下の会場を見下ろしながら、無線の先にいる同僚に問う。

亡雫なきしずくが消えてたし、夜子やこさんも言ってたんでしょ。だったら、そういうことだよ』


 真面目ぶって仕事しろ、と促しているこいつも、私の雑談に応じるあたりほぼ信じていないのだろう。

 1000年前に封印された、最強の妖怪『空亡』。それの復活。妖怪退治を生業とする私達巫女にとっては見過ごせない話だ。


 しかし、空亡がいる可能性がある場所が、このライブ会場とはどういうことだ。夜子さんの占術は確実性が高いが、それでも100パーセント的中する訳では無い。


 彼女の占いによると、空亡は今、人間の式神となっているらしい。


「そんなの、ありえないでしょ」


 仮に空亡復活が真実だとして、最強の妖怪を下僕しもべとできる人間など存在するのか?


 仮に存在するとして、そんなヤツにどうやって対処すれば良いのか。


「まぁ、真偽不明の噂に振り回されてるのは、私達だけじゃないみたいだけど」


 先程から私の探知術に気配を感じる。妖怪じゃない。この反応は“霊力”、つまり人間だ。


「こいつらも、空亡の力を狙ってるのかな」


 日本において、霊力を持つ人間は討魔庁の管理下に置かれる。であれば。当然ながら無法者もおり、管理を避ける人間も存在する。そして、その大半は霊術を良からぬことに使うと相場が決まっているのだ。


『その脱法霊力者たちの居場所、分からないの? 』

「うーん、それがねぇ妨害が上手いのか、正確に位置を掴めないの」


 ただ、向こうだってこちらの存在には気付いているはずだ。巫女と戦闘になるのは避けたいだろう。空亡も見つからないし、わざわざ表立って行動することは無いはずだ。


 しかし、その甘い予想は即座に裏切れたのだった。


「よーし、それじゃあ次の曲行こうか! 」

「うおおおおおおおおおお!!! 」

 ライブも後半に差し掛かり、観客のボルテージも最高潮に達した。


 その瞬間、バチっと紐が切れるような音が聞こえ、ドームは闇に包まれた。


『葵! 』

「分かってる! 」


 ――この状況で行動を起こすの!?しかも、こいつらが向かってるのって……!


 妨害の術が途切れたのか、突然に脱法者たちの正確な位置を把握出来るようになった。

 私は、手すりに足を掛けステージに向かって飛び降りる。


「私の“推し”に、何してくれてんのぉ! 」

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