第十九話 物語の特性


「……そろそろ、わらわも話に混ぜてくれぬかの。元よりこの状態で長く居続けるのは難しいのじゃ。そろそろ戻らねば」


 ストーリー上の現在地について思案していると、突然やけにのんびりした声が聞こえた。

 私とザイス、そしてエル君が弾かれたように声の主へ振り向く。


「「あ」」


「え……? ラミアーヴァ様……?」


 私とザイスは素っ頓狂な呟きで、エル君は驚いた声と、それぞれの反応が空間に響く。

 そんな私達を見たこの世界の神様は、紅茶色した顔でにっこりと笑みを浮かべた。


 なんというか、それが、ちょっと別の意味で恐い。


 わ、忘れてたあああーーーっ!? さっぱり!!

 ラミアーヴァ様の事忘れてた!


 ギロチン、入れ替わり、異世界転移に暗殺者と、慌ただしく状況が変わったせいでついすっかり頭から抜け落ちていた。というよりラミアーヴァ神の存在自体が消えていたようにすら思う。

 

 神様を忘れるとかありえない……いや、待てよ?

 忘れてた? 確かに『忘れてた』……。 そんな事って、ある?


 段々とその不思議さに気付き始めたところで、紅茶色の蛇神様は空中をまさしく蛇のように尾を引きするりするり輪を作りながら、私の顔の直ぐ前までやってきた。

 小さな蛇神様と顔をつきあわせた状態になり、なんだか居心地が悪くなる。


「時子よ。それほどあからさまに忘れていたという顔をするでない。わらわも多少は傷つくぞ」


「す、すいま……せん?」


 とりあえず謝ってみたら、ほほほ、と貴婦人が声を潜めてするように笑われてしまった。

 なにゆえ。


「ほ、構わぬ。わざと気配を消しておったのはわらわじゃ。そこの子供に、お前がどう反応するか見たくての。なんとも楽しげな顔をするではないか」


 なんだ、気配消してたんだ。というより、存在自体をこの場から消してた? ような感じもするけど。

 しかも私の反応を見ていたなんて。神様にしては人が悪い。人じゃ無いけど。


 私の事を面白動物扱いする神様に、若干困惑したものの、どうやら私の考えに気付いているらしい蛇神様に、私は負けじと笑顔で応じた。なるべく悪どく、挑発的に見えるような顔で。


「わかりますか?」


「ああ、わかる。わらわは『この世界』のみでの神ではあるが、神には他ならぬからの。人間の思考を読むことなど造作もない」


「じゃあ、たった今私が思いついたことも?」


 思考を読めると言われて、一瞬驚いたけれど、まあいいかと流して続きを促した。

 そういえば傍に神様がいたんだったと思い出せたことで、一つ考えたことがあったのだ。

 できれば叶えたい願望で、やるべき事で、だけどそううまい話もないだろうな、という気がしてもいる話。

 私はエル君を味方にしたい。ならば、まずすべきは何か。

 それは彼の水毒を解毒することである。


「無論じゃ。しかしわらわは手は出さぬ。いや、出せぬと言った方が正しいの。わらわがその子供の水毒を浄化することはできぬよ」


 あ、やっぱり。

 そうそう上手くいくわけないか。


 予想通りの返答に納得しつつ、一応問いかけはしてみる。


「それはどうしてですか?」


「時子よ。この世界が何であるか。お前ならば知っているじゃろう? 何事にも、変えられぬことはある。たとえ誰であれ『アルワデ』がこの世界に存在せねばならぬ理由と同じじゃ」


「成る程」


 つまり、ラミアーヴァ神はこう言っているのだ。

 「物語上、起る事実は変えられない———」と。


 だったら。


 私とラミアーヴァ様のやりとりを眺めていたザイスに目を向ける。

 エル君は横やりを入れるべきでは無いという判断なのか、彼も私の事を静かに見つめていた。視線がちょっと痛いけれど、説明は後ですることに決めている。


「ねえザイス、招待状は届いてる?」

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バッドエンダー! 悪役令嬢の悪の美学 国樹田 樹 @kunikida_ituki

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