第十五話 悪人の見分け方


 世の子供が、すべからく純粋だとは、私は思っていない。


 むしろ、生まれながらに『そういった』性分、もしくは性癖とでも言おうか。

 残虐性を持ち合わせているのが子供で、それは大人も然り。


 ……けれどこの少年の場合は、違うように見えたんだなぁ。


 だってねぇ。


 人殺しの方法なら、いくらでもやり方があるのに、彼は『私』だけを狙ってたんだもの。


 「ごめんなさい」と私に謝罪した殺し屋さんは、少しくせのある綺麗な真っ青の髪と、澄んだ水色の瞳をした儚げな少年だった。


 手足は痛々しいほど細い。たぶん私が親指と人差し指で輪っかを作ったら、その中にすっぽり収まるだろう。

 全体的に華奢だなと思っていたけれど、頭巾が取れた顔を見て余計に納得した。


 まだ男とも女とも見分けがつかないほど中性的だ。

 声を聞いてなんとか男の子だと気付く程度である。

 

 こんな少年に殺しか。

 アルワデをギロチンにかけた事もだけど、この世界って大概狂ってるな。

 

 ほんのり湧いた憤りを笑顔の裏に隠しながら、私は少年を正面から見つめた。

 すると少年も同じように、私をじっと見返してくる。

 刃は収めたものの、信じるに足るか否か判断しているのだろう。

 白く綺麗な手をしていることから、プロとして殺し屋家業に身を置いているわけではなさそうなので、面持ちからしてもきっと事情がある気がする。


 だって一番簡単にするなら、屋敷ごと燃やして、出てきたところを狙えばいいんだし。

 もしくは爆破や気体系の毒。

 仮にも最上位ランクである公爵令嬢を殺すのだ。周囲を巻き込めない、などとチンケなことは気にしないレベルの相手であるはず。

 だけど少年は見るに一人だけの単独犯。どうこからどう見ても悲壮な顔をして、かつ顔色も普通に悪い上に身体は華奢。

 何より生気が無さすぎる。

 生きてるのに、魂はどこか別のところにあるみたいな。

 幽鬼のような、とは、彼みたいな感じを差すのだろう。


『育てられた』タイプにしては筋肉も無いし、となれば―――


「ね、君の名前は?」


「……」


 無言の返答が返ってきた。まあそうだろう。

 誰だって殺しの標的にほいほい自分の名を明かすわけがない。

 今からすることに必要かと思ったので念のため聞いてみただけである。


 私は元の世界でお馴染み、降参のポーズでぐっと少年に顔を突き合わせた。彼は私の動きに警戒したのか、さっと距離を取ろうとしたので足を踏み込みそれを阻止する。


「おいっ……!?」


 私が少年に急接近したせいかザイスが後ろで焦った声を出していた。

 勿論無視して、私はにっこり笑顔で少年に続きを話す。

 天涯孤独を舐めるなよ。


「大丈夫よ丸腰だから。ね、ちょっとだけ君に触ってもいい? その膝の針、絶対痛いよね。っていうか見てるだけで痛いよ。だから、取っちゃおう?」


 どうどうどう、怖くない怖くない、と心で念じながら目で少年の膝を示す。

 少年の膝……お皿の少し上辺りには、ザイスが放った二十センチほどの針が深々と突き立っている。

 出血もしているのか黒い布が僅かに色を変えていた。


 場所的に靭帯は傷つけてなさそうだが、人間の造形として立ち上がる時に関節が機能しないようにしたのだろう。

 相手は生かし動作は殺す、という中々凄まじい技だと思う。


「あの怖いお兄さんにはこれ以上君を害さないよう言うから。私が抜くと変なところ傷つけちゃうかもしれないし、止血もたぶんちゃんと出来ないから、悪いけどあのお兄さんに頼んでもいいかな? あ、君が自分で抜けるなら、それでもいいんだけど」


 笑顔のまま思っている事そのままと、説明を口にする。背後でザイスがむっとしたようだったけど気にしない。

 今はとにかく、この少年の信頼を勝ち取るのが目的だし、ザイスについてはなんとなくだけど(嫌味ではあれど)良い人っぽいのでそんなに考えていない。


 ひとまず少年の膝に突き立つ銀色の針を私は早くどうにかしたかった。


「……僕の名は……エル。エル=メトラウザ」


 少年がぽつりと、私に言った。

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