第十四話 美少年暗殺者


 群青色した天鵞絨のカーテン裏から出てきた黒い影は、そのまま黒い衣装を着込んだ人間だった。


 真っ黒な頭巾とマスクの間から見える水色の瞳は、敵意剥き出しで私に向いている。

 まだこの世界に来て大して時間も経ってないのに、さすが公爵令嬢は寄ってくる人間が違うなぁと変なところで関心した。


 ……アルワデが言ってた身の危険がって、こういう事か。なるほど。


 これが毎日ってなると流石にしんどいだろうなぁ。


 一応狙われているのは自分なのに、アルワデ本人の苦労を思って悲しくなった。


 殺し屋さんが来たことよりも、さっきから『ずっと』ザイスの他に誰もこの部屋に来ない、という事実も然りだ。本当の意味で彼しか味方がいなかったのだろう。皇太子の婚約者であるにも関わらず。


「両膝を打たれては暫く動けまい。選べ。情報を吐くか、この場で死ぬか」


 ザイスが窓際で膝をつく黒ずくめさんにゆっくり近づいていく。

 役割は執事と言えど、私も同じ目に合いかけたので彼が相当の手練れであることは見て取れる。咄嗟に針を放ち刺客の動きを止めたことからも、大分手馴れている。アルワデの記憶にもあるけれど、彼女は彼がいたからこそ、私と同じ十五歳まで生きられたのだ。


 でもなぁ。この殺伐とした空気。

 私は好きじゃないんだよねぇ。

 自分を狙った殺し屋ってことはわかってるんだけど。

 今やゲームの世界じゃなくてリアルなわけだし。

 ザイスの『吐くか死ぬか』の言い分も理解できるけど、やり方って一つじゃないと思うんだよね。


 それってやっぱり私が現代日本で育った平和脳だからかな。


 別に現実逃避をしているわけでもなく、なんとなく彼のやり方が気に入らなくて、私はちょっとだけ手を出すことに決めた。


 アルワデの記憶でこれが日常であり、正攻法で行ったところでこういう人達が簡単に口を割らないことは予想できるものの、なんとなく、本当に直感で『この子は違う』と思ったのだ。


「———待ってザイス。『アルワデ』に話をさせて」


 言いながら早足で近づいたら、ばっと振り向いたザイスに驚き顔で凝視された。

 

 うわ、すごい顔だな。

 ああうん。わかってるよ言いたいことは。顔に書いてるし。


 「お前何のこのこやってきてんだ」ってことでしょ。

 口ぱくぱくさせなくても大丈夫だってば。

 開いた口が塞がらない? まあいいや、ほっとこう。


 私の行動に驚いたせいで反応が遅れたザイスの横を、得意のステップでさっと駆け抜けた。

 祖母ちゃんとよく庭で竹ぼうきチャンバラしてた経験も、こんな時は役に立つから有難い。


 そういや昔、痴漢に追いかけられた時もこうして躱したっけ。その後蹴り倒したけど。


 懐かしいな、と思いつつ、黒ずくめさんの前に立つ。

 瞬間、きらりと水色の瞳を光らせた殺し屋は床についた腕の反動を利用して、ぐんっと急速に起き上がった。

 相手の腕が素早く私に伸びる。


 それを、片足の膝をかくんと折って身体の重心を背面に倒すことでひょいっと避けた。

 黒ずくめさんの目が、驚きに変わる。


「私を殺したいなら、せめて君自身の事情くらいは話してほしいんだけど? 少年」


 口早に言った言葉に、黒ずくめの身体がぎくりと強張った。

 全身黒タイツ状態(なんか〇ャッツ・アイみたい)だが、手首から先には白い素手が見えている。

 それはこの場にいない元悪役令嬢によく似ていて、白くて細い、華奢な手だった。


 たぶん、小学校高学年くらいの、幼い手だ。身長だって高くない。

 膝をついているから分かりにくいけど、きっと私と大差ないだろう。


 その白い手が持つ極小さな刃に、笑顔でわざと首元を近づける。

 少年は更に驚愕し、固まっている。


「力になりたい。だから、話して」


 そのまま上目遣いに水色の瞳を見据えて言葉を追加すると、小さな切っ先は静かに後ずさった。


 やっぱりねぇ。

 君、『私だけ』を狙ってたもんね。


「……ごめん、なさい」


 刃を下げてから、黒ずくめの少年が空いた方の手で頭巾を剥いだ。


 中からは十歳くらいの———青い髪をした、白い肌の哀し気な美少年が現れた。

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