第十三話 襲撃襲来


「さて……続きを話そうかの」


 こほん、と咳払いが聞こえたと思ったら、ティーカップの蛇神様が仕切り直すように口火を切った。


 そういえば説明してくれている途中だったと気付き、今度は私が口を閉じる。

 すると蛇神様はじっとザイスを見つめ、静かに話し出した。


「ザイス、お前に頼みとは言うまでもない。この時子の事じゃ。時子にはすでに、わらわがアルワデの記憶を植え込んである。つまり今の時子には、当人の記憶とアルワデの記憶が混在しているというわけじゃ。そしてお前には効力を発揮せなんだが、時子の姿は他の者にはこれまで通り『アルワデ』として認識されておる。……少々この世界での存在認識をいじったでの。そこでじゃ。お前には時子がこの世界で『アルワデ』として過ごせるよう、取り計らってほしい」


 ラミアーヴァ神は紅茶色した小さな体をティーカップからするする伸ばし、ザイスの目の前で微笑んでいる。

 ティーカップの液体って多くて150mlくらいな筈なのに、その何倍も延長しているのだから驚きだ。


 一見するとホラーにしか見えないが、恐らく水の神様だから液体を自在に操れたりするんだろう。そういえば、アルワデと話したあの空間でも、一瞬で水と空の景色に様替えしていったっけ。


 思い出しながら様子を伺う。ザイスがどう答えるかと待っていると、神様の微笑に対し彼は不遜な態度で応じていた。両腕を執事服の胸の前で組み、唇は引き結んでいる。不服、を前面に押し出している感じだ。


 ……そこまで嫌がらんでも。


 ついでに言えば、神様に取る態度じゃないと思うんですけど、それ。


 自然と顔が引き攣るのは、彼の執事服と態度が全く合致しないからだ。

 こんな俺様っぽい執事、どこの世界にいるというのか。あ、ここか。


「……神の悪戯という言葉は聞き及んでおりますが、これは中々やり過ぎではありませんか、ラミアーヴァ様。別にアルワデを異世界に飛ばしてやるだけでも良かったでしょう。なぜ彼女を代役になど……」


 私が代役で悪かったな。

 と突っ込み入れたいのを寸でのところで我慢する。

 口を挟んでも話がまとまらないだけだと判断した。


 内心、はらわたは煮えくり返っておりますがっ。


「不満か?」 


 少々不満げに告げるザイスに、ラミアーヴァ神はことりと小首を傾げてから、ふむ、と考える仕草をした。


「不満では無く不要だと言っているんです。いくらアルワデの記憶を持っているとしても、実際体験するのとはわけが違う。彼女にはさせられないと言っているんです」


「ふむ。それはよもや、アルワデが受けた過酷な仕打ちを、時子にまでさせたくないということか? ほほ、お前も存外心根の優しい男よの……同じ辛い思いをする娘を、これ以上出したくないと」


 切り替えされたザイスの顔が一瞬、さっと朱を帯びた。それにお? となっていると、気に障ったのか彼がちらりと私に視線を寄こし、なぜか物凄く嫌そうに顔を顰める。


 なんでそんな顔されんといかんのか。

 でもまあ、アルワデと似たようなこと言ってるあたり、悪い人ではないんだろう。


「っ……どうでもいいでしょう、そんなことはっ。それに本当に俺以外には、彼女がアルワデに見えていると? 信じられませんね。この間抜け面がアルワデに見えるなど」


 むかむかっ。

 ちょっとだけ、もしかしたら良い人かもしれないと思ったけど前言撤回っ。


 間抜け面って誰の事だっ。そりゃ私は十人いれば八人には(九人かもだけど)平凡と言われる顔をしているだろうよ! でも元々悪役令嬢なんてのは総じて美人と決まっているし、そんなデフォルト設定から仕上がっているのと比べられても無理な話なわけで!


「そう言ってやるな。仮にも年頃の乙女じゃぞ。信じられぬというならそら———そこにいる者にでも、尋ねてみればよかろう?」


 あまりな言い草に文句をつけてやろうとしたら、ラミアーヴァ神がそう言って窓の方向を指さした。

 正しくは、朝日が差し込む窓辺、右側に蛇腹に折りたたまれた天鵞絨(ビロード)のカーテンを。

 

「え?」


「なっ……!?」


 さも楽し気な蛇神の言葉に、ザイスが反応する。

 彼はばっと身を翻しながら、示された場所に向かい懐から出した針を投げた。


「———逃すかっ!」


 ザイスの動きはまさに早業だった。

 私も見えていたわけじゃなく、今の結果からそう判断しているに過ぎない。


「ぐぁっ……!!」


 テラスへと続く窓際、肉厚なカーテンの陰から飛び出た人影に、彼の放った銀針が刺さっていた。

 場所は両足の膝部分。針のせいか出血は少なく、逆光で黒く見える影はその場に膝から崩れ落ちている。

 ザイスが一時的に動きを封じたのだ。

 

「貴様っ……どこの者だ!?」


 怒声にびりびりと空気が震えた。怜悧な瞳の執事は両腕に長い針を構え、刺客と思しき人影と対峙していた。

 方向的に丁度私の目の前に来ているけど、庇ってくれているように思うのは気のせいだろうか。


 ごくん、と生唾を飲み込みながら動けずにいると、人影がもぞり、と動いた。

 黒いと思ったのは影ではなく全身が黒い布で覆われていたかららしい。

 黒い頭巾に黒いマスク。目だけがぎろりと『私』に向いている。

 ラミアーヴァに多いとされている水色の瞳だ。


 その黒い人のマスク……つまり口元が、動くのが見えた。


「アルワデ=カーデウス……! お前を殺すっ!!」


 どうやら、本物の殺し屋さんのようである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る