第十一話 生える神


 入れ替わった途端死亡エンドとかふざけんな神様———っ!


 ほほ、と上品に笑う白い顔が目に浮かぶ。

 死んでまた会えたら、今度こそ文句を言ってやろうと決意する。


 内心絶叫しながらもう駄目だとぎゅっと両目を瞑った。

 顔に針が刺さって死ぬとか大分惨いし最悪だ。

 

 そもそも、ゲームの世界なんていうあやふやなものを選択した自分が馬鹿だった。命の価値が現実世界と同じとは限らないのに、それに気づかないとは。いや日本でだって不法侵入してたら通報されるし捕まるけども。


 けど侵入者を即殺ってしまおうとは思わないだろう。

 少なくとも日本なら。


 ここは自分が育った世界とは違うのだと、本当の意味でわかってなかったお花畑な自分につくづく嫌気が刺した。


 認識の甘さを呪いつつ、だけどちょっとだけ「まあ変わりにアルワデが『私』を満喫してくれればいいか」なんて投げやりな思いを抱く。


 祖母ちゃん、私思ったより早く会いにいけそうだけど、怒らないでね。ついでに六文銭貸してくれ。


 なんて事まで考えていたら。


「———馬鹿が。黒幕も吐かさずに殺すわけあるか。お前、素人だな」


「は……?」


 ざしゅ、という何かがどこかに刺さった音の後。

 痛みより先に物凄く偉そうな声が聞こえた。


 ついでに言えば反射でむかついた。


 自分で自分の事を馬鹿と言うのは良くても、人に言われると腹立つのは当たり前である。

 なぜに初対面の男(いや私からは見たことあるけどさ)に殺されかけたうえ馬鹿呼ばわりされねばならんのか。


「殺し屋にしては隙があり過ぎるんだよ。そんな間抜け面でアルワデが殺せるか雑魚め」


 むか。

 誰が殺し屋か。間抜け面とは私の事か。

 雑魚だと? なったばかりとは言えラスボスに向かってなんたる言い草。

 

「……そもそも殺すつもりなんてないし」


「ほお?」


 勝手に人の事を曲者(というか殺し屋)認定してきやがった男に、むかむかする衝動のまま反論したら水色の眉がくんっと跳ね上がった。

 びびって引けた腰を無理やり元の位置に戻し、足を踏ん張り仁王立ちの体を取る。

 ちらっと横目に確認したら、なんとベッドの端に三本の針が刺さっていた。

 

 あ、あっぶなー……。

 って怯えるな私。アルワデとバトンタッチ早々殺られるとか話にならん。


 この男は確かストーリ上唯一アルワデ側の人間だ。つまり味方。

 であれば、できることなら私にとっても味方にしたい。


 だって、私の内にあるアルワデの記憶が語るのだ。

 彼だけが、この屋敷の中でただ一人、心許せる相手だったと。


「私のこと素人だって言うなら話くらい聞いてくれてもいいでしょ。始末したいならその後でも遅くはないはずだよ」


 なけなしの度胸を振り絞り、居丈高に言い放つ。実際は膝が震えまくっているが、女は度胸と祖母ちゃんも言ってたし生き延びるためにはこれしかない。


 かなり苦し紛れだが、それが功を奏したのかザイスは手にした針をすっと下におろして見せた。

 無論、元の懐に仕舞ってくれたりはしなかった。が、状況的に言えばマシだろう。


「不法侵入しておいて言える台詞では無いと思うがな。だが心意気は買ってやろう。お前がどこの間者であれ、情報を寄こすのならばそれまで危害は加えまい」


「……とてつもなく不安が残る回答だけど一応感謝しとく」


 短い間かもしれないが、とりあえずの休戦協定を結び安堵する。もちろん油断はできないけど。

 私は内心胸を撫でおろしながら、後ろ手に扉を閉めてこちらに歩んでくる男を眺め見た。


 ゲーム画面見てた時もそうだけどやはり美形である。冷たい系の美形。

 細い楕円眼鏡とかインテリ臭さも持ち合わせていて、鑑賞には良いが実際相手にするとなると面倒くさそうなタイプだ。


「で? 一体お前はどういういきさつでここにいるんだ? 恐らく捨て駒だろうが、名が分かるやつがいるなら、答えろ。死にたくなければ」


 名が分かるやつなら貴方が仕えてたお嬢様とこの世界の神様くらいですかねって言いたいが、口にできるはずもなく。


 さて、どこからどう話した方が良いものか。


 自分が異世界の人間で、ラミアーヴァ神によってこの世界に『アルワデ』として転移(入れ替わり)した、なんて話をしたところで信じてくれるはずもない。


 こんな時、祖母ちゃんなら舌先三寸でどうにかできそうなのにな……!


 すでに元の世界ですらいなくなっている人を思い出しても、冷や汗が倍増するばかりで事態は好転しそうになかった。そんな、じりじりと私の焦りが頂点に達しようとしていた時、とぶん、と液体が跳ねる音が聞こえた。


「それについては、わらわから説明した方が良かろうて」


 次にそう聞こえて、私とザイスが同時に同じ場所に目を向ける。

 そこには彼が押してきたワゴンがあって、上には果物柄の優雅なティーセットが置いてあった。

 けれどちょっと普通と違ったのは、ティーポットの口の先から、にょきっと何かが伸びていたことだ。


 そこにはエイリア……じゃない、紅茶で実体化したラミアーヴァ神の姿があった。

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