第十話 即バレ、だと!?
ふっと水面から浮き上がるように、意識が目覚めた。
ゆっくり開いた視界の先には、青地に銀の複雑な装飾がされた天井らしきものがある。麻の葉柄に組まれた細い木枠の中に、ベルベットの布地が敷き詰められ、その上に銀色の糸で細かな蔓刺繍が施されているのだ。
この素晴らしい意匠には見覚えがあった。と言っても見たのは二次元の画面でだけど。
確かゲームの『アルワデの部屋』で見たスチルにも描かれていたやつだ。
主人公のストーリーではなく、幕間としてはさまれた皇太子ナディムの物語に登場していた。
ってことは……?
ちゃんと来れたってこと……かな?
なんか身体も暖かいし。ふわふわするし。
何かふわっとしたものに包まれていた上体を起こすと、一気に視覚と頭が活動を始めた。
どうも私は超巨大な天涯付きベッドの上にいるらしい。これ一体何畳分だ?
ちなみに、とんでもなく柔らかくてふわふわしていたのは羽根布団だったようだ。
もの凄く高そうである。値段は知りたくないけど日本じゃどえらい高級品なんだろう。
布団のくせに、朝日を反射して純白に輝いてるし。シルクだよね、これ。
祖母ちゃんのパジャマでしか見たこと無かったけど。
うっわふかふか。すごい。ものすごい手が込んでるこれ。
よく見たら白い絹糸で刺繍までしてあるし。それも一面の薔薇がぶわああっと。
ぽふぽふ、と恐らく目玉が飛び出るほど超高級であろう布団を弄びながら、ぐるっと周囲を観察する。
十九世紀末の英国貴族を思わせる重厚な調度品の数々に、水の都であることを表す白い蛇が描かれた深い青地のタペストリーは、やはりどこからどう見ても、ゲームに出てきたアルワデの私室だ。
二次元で見るのと三次元で見るのとでは大分迫力が違う。
まるで宮殿にでも来たようなスケールだ。ハリウッド映画とかにも出てきそう。
それでもゲーム画面であれ、知っている景色があってほんの少しほっとした。
「とりあえず成功ってことね。よし、次は———」
俗にいう『異世界転移』というものはクリアしたらしいので、今度は部屋の中を散策してみることにした。
まだ部屋から出るのはちょっと怖いし、そのうち誰か来るだろう。
そう軽く考えながらベッドから降りた時、カチャリ、と扉が開く音がした。
反射でぴゃっと身体が浮く。
っわ……第一家人発見か!?
緊張半分、興味半分で振り返り、私は目を見開いた。
入ってきた人物に見覚えがあったのだ。
「———お前は誰だ。アルワデはどうした」
朝日に光る眼鏡越しに、鋭い視線が身を貫く。
眼光の弓を引き、射殺さんと言わんばかりに厳しい目を向けるこの男の名を、私は知っている。
えっ……!?
薄い浅葱色の髪に灰色の怜悧な瞳。
整ってはいても全体的に色素が薄く、冷たさと艶めかしさを併せ持つ端正な青年の名は、ザイス=ヴァーリ。
程よく引き締まった身体に純白の詰め襟シャツを着込み、上に光沢のある漆黒のベストとジャケットを重ねている。そこから伸びた脚は元の世界じゃ海外雑誌くらいでしかお目にかかれないほど長い抜群のスタイルで。
祖母ちゃんが愛読していたヒストリカル小説に出てきそうな
ゲーム上ではカーデウス家の執事にして、悪役令嬢アルワデの付き人的存在にあたる。
彼はどうやらアルワデに食事を持ってきたらしい。後ろに三段重ねのワゴンがある。
一番上にはどうやらティーセットと朝食なのかサンドイッチぽいのが揃えてあり、二段目には果物、一番下には……たぶん水差しとかが置いてあるらしい。
が、呑気にワゴンの内容を確認している場合ではないようだ。
……って!!
主要キャラにソッコーバレてるんだけど!
どういう事!?
ラミアーヴァ神から受けていた説明とは違う状況に、大いに焦る。
身体が固まったまま、脳内は混乱と推測の大運動会だ。
こめかみから何かがたらりと垂れてきた気がしないでもないけれど、今はそれどころじゃない。
ラミアーヴァ神曰く、今の私は瑠璃ではなく「アルワデ=カーデウス」と認識されている筈なのに。
だというのに、ザイスは入室早々私が別人であると気付いた様子。
一体これはどういう事?
もしかしてラミアーヴァ様手ぇ抜いた??
それかミスった? 見落とし?
いや人間誰にでも間違いはあ……ってちょっと待てラミアーヴァ様神様じゃん! ミスって言うより単に忘れてたとかなんじゃ……いやどっちにしても私って今相当なピンチなのでは?
なんて、当人に聞かれれば不敬極まりない考えがぐるぐる浮かぶ。
それもリアルタイムで命の危険を感じているからに他ならない。
普通に考えて、令嬢の部屋に別人が居座っていたら成敗されても文句は言えまい。
どころかされそうです。
成敗。今にも。
だってザイス懐からなんか針みたいなの三本出してるし。
あれ? 待てよ? こんな設定あったっけ?
彼は素早い動作で細い針を両手に構えていた。完全に警戒態勢である。
一瞬彼のキャラクター紹介画像(ロード中に表示されるやつ)を頭に思い浮かべてみたけれど、執事という女子受け設定以外に特別な要素は無かったはずだ。
懐に針を忍ばせているなど勿論初耳だ。
ストーリー自体はエンディング間近の断罪イベントまでクリアしたのに。
これじゃ執事っていうより暗殺者では?
目付きやばいよ? 今にも打たれそうですよ私。
二度死にとか勘弁なんですけど。
肌はびりびりと危険を知らせてくるのに、生来の気質ゆえか脳内では軽口ばかりが乱舞する。
この間2.5秒くらい。たぶん。
対して完全に戦闘態勢に入っている青年執事は、直径三十センチほどの針を四本片手に構え今にも襲い掛からんばかりで。
はい。とっても獲物な気分です。
全然楽しくないわっ。
なんなんだ一体私を何度殺せば気が済むんだこの世界は。
「……答えないなら、このまま排除するが?」
美麗で怜悧な執事が不敵に微笑みながら私に問う。絶対的強者の顔だ。実力に自信があるのだろう。
黒い微笑みってこういうものをいうんじゃなかろうかと昔古本屋さんで観た漫画のタイトルを思い出した。
「ま、待って! これには事情がっ!」
「動くなっ!!」
後ずさりながら慌てて説明しようとしたが、灰色の瞳をきらり閃かせたザイスは容赦なく私に向けて針を放っていた。銀色の鋭利な切っ先が、私の顔めがけて飛んでくる。
「っひいいい!!」
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