第八話 龍蛇神


「「はい?」」


 私とアルワデは同時に同じ音を発声していた。

 そして、二人並んで大口を開けて固まっている。


 天井から青い後光を背負った『誰か』が降りてくるのを、共に呆然と見つめていた。


「ほほ、まるで双子のようじゃの。そなた達」


 降りてくる『人(?)』が楽し気に笑う。


 生物とは思えぬ真っ白な肌を綻ばせ、冴え冴えとした———瑠璃色の瞳を、三日月にして。


「ラミアーヴァ様……?」


 アルワデの声にはっと彼女を見ると、薄く色づいた形の良い唇が僅かに震えていた。


 そこに見えたのは極度の緊張と、畏怖に似た「おそれ」の感情。

 だけど、それも無理はないのかもしれない。

 彼女が過ごした『世界』では。

 

 今、ラミアーヴァ様って言いました?

 確か『ラミアーヴァ帝国水物語』のタイトルにもなってる神様の名前ですよね、それ。

 マジですか。


 同じ名称がついたゲームをプレイし、登場していたキャラクターと実際に会話を交わしていても、それでもちょっと信じられなかった。


 なにしろ降りてきたのは明らかに『人ならざる者』だったから。


 たとえるならば、半人半蛇(はんじんはんだ)と言えるだろうか。


 上半身は人間で、下半身が蛇になっているのだ。


 姿形は一見すると蛇女……ギリシャ神話やゲームのモンスターとして出てくる『ラミア』が一番近い気がする。

 ただ違うのは、どこもかしこも漂白したように真っ白であること。

 アルワデも大概色白だが、比喩ではなく色素自体が無いみたいだ。


 おまけにめちゃくちゃ美人。

 なんか肩身が狭いけど気のせいだと思いたい。(どうせ私は平凡顔だ)


 この世の者とは思えぬ美しい女性の白蛇は、青い光を纏って静かに私達の前へと降り立った。


「その名を呼ばれるのは久しいの」


 地に着く程長い細髪も、滑らかな肌も白磁のように白いが、目だけは深く紫がかった瑠璃色をしている。


 切れ目を入れたようにくっきりした瞳が細面に際立ち、その繊細な造りはおよそ人では持ちえない神々しさを放っていて。


 上半身は女性の裸身そのままだというのに全くいやらしさを感じない。

 なんとなく美術の教科書で見たヴィーナスの裸体を思わせる。

 清楚とか、清純というか。


 細くくびれたウエストから下はびっしり等間隔に並んだ純白の鱗に覆われており、長く蜷局を巻いた尾の先までぬらりとした光沢を放っている。蛇体部分と人間部分を合わせて恐らく全長五メートルくらいだろうか。


 顔立ちは女性、と言うにはやや幼く、少女と言うには違和感があった。

 人間換算での年齢が推し量れないのだ。


 神話の女神とはこういうものか、と不思議と納得させられた。


「これ、そのように引くでない。にしてもここは味気がないのう。元々狭間の領域であるから仕方がないが……【水の娘】が二人もおるのじゃ。少し位いじっても文句は言われまいて」


 絶世の美女な蛇神様は、登場時の仰々しさなど忘れたように、やたらフランクな口調でつらつら独り言を呟き始めていた。


 いや、神様を前にして引くなと言われても。

 日本で育った私はさておき、実際神として祀っている世界で生まれ育ったアルワデにそれは無理な話だろう。

 その証拠に、彼女今にもひれ伏さんばかりだし。


 そんな事を考えつつなりゆきを見守っていると、ラミアーヴァ様は白い腕をすっと振り上げ、また振り下ろした。

 瞬間、ぱあっと世界が様変わりする。


 どこもかしこも黒い世界から———果てが見えぬ青空と、足元一面に広がる水鏡の世界へと。


「「わ……!」」


 またもや私とアルワデの声音がハモる。

 景色は瞬く間に変容を遂げていた。


 さながらウユニ塩湖だ。(知らない人はグ〇ってね)


 青い空と水の境に果ては無く、遥か彼方まで続いている。

 少しの風もなく波紋さえ見当たらない空を映した水の世界は、まるで時の流れが止まっているようだ。

 

 足元を見てみる。

 てっきり水没しているかと思ったのに、どうやら水の上に立っているらしい。

 濡れなくて便利、と感想を抱く。

 

「一瞬で水の世界に……! さすがはラミアーヴァ様ですわっ!」


「わらわは水神(すいじん)じゃからの。水が無ければどうも落ち着かん」


 なるほど。河童が水ないと駄目的な原理か。


 と若干失礼な感想を抱きつつ、感激しているアルワデとそんな彼女にうんうん頷くフランクな蛇神様を眺める。


 私も一応驚いてはいるものの、スマホに引っ張り込まれるわギロチンにかけられるわゲームキャラに怒られ泣かれるわで、正直感情が麻痺していた。


 たぶん今なら狸型ロボットがピンクのドア開けて登場しても平静でいられる気がする。

 ポケットの予備頂戴とか言えそう。


「あのー……それで、ラミアーヴァ様先ほど『ならば本当に、入れ替わってみるか』とか仰ってたような気がしますが……まさか、私の気のせいですよね?」


「いや、気のせいではないぞ?」


 疑問をぶつけたのに、同じく疑問形で返されてしまった。

 しかも、全身白ずくめな絶世の蛇神様は妙に楽し気に微笑んでいる。

 神様の微笑だというのに、有難くないのはなぜだろう。白い唇が弧を描く様は中々奇妙だ。

 ついでにとても嫌な予感がする。


「えーっと……それじゃもしかして、私達が入れ替わったそもそもの原因って……」


「無論、わらわの手助けあってのことじゃ」


 それは果たして手助けといえるのか。と思わず突っ込みそうになったところで、アルワデが「まあっ、ではワタクシのせいではなかったのですね!」とかなんとか言っていた。どうやら涙は引っ込んだらしい。


 せいって言ったよせいって。いいのか、一応あんたの世界の神様だぞ。


 それにアルワデ、ドレス着てるせいで足元の水にスカートの中が映ってパンツ丸見えなんだけど。

 私はジャージだから平気だが。

 ラミアーヴァ様含め全員女子だからいいのかな。


「意図を伺っても?」

 

 予想通りの返答にだろうなと内心思いながら、自ら神と名乗った方に尋ねる。

 

 すると、おや? とでも言いたげに眉(これもまた白毛)を跳ね上げさせた蛇神様は深い瑠璃色の瞳でじっと私を見据えた後、くっと片方の口端を引き上げた。


 なんだかちょっと悪い笑顔だ。

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