第七話 優しい悪役
再びおいおい泣き出した黒い令嬢を前にして、私はやれやれと深い溜息をついた。
理由は二つある。
一つは勿論今の状況についてだ。
この真っ黒な何もない世界でどう生き延びればいいのか、皆目見当がつかない。
そしてもう一つは……思ったより、この
文句をつけていた自分を、殴りたくなる程度には。
私がギロチンにかけられた話を口にした時、アルワデはバツ悪そうな顔をした。
黒い吊り目に、はっきりと後悔の色を滲ませていたのだ。
普通、自分が殺されるより他人が殺されるほうがずっといいと考えるはずだ。
見も知らぬ他人より、自分の方が可愛いから。
なのに彼女は、自らが受ける筈だった仕打ちを
自分の努力にクレームを付けまくった無礼な相手にだ。
「アルワデ。貴女って……思ったよりお人好しで、良い子だったのね」
最早ぐっしょぐしょに濡れてしまった私のジャージの上から、アルワデが「は?」という顔を上げた。
うん。やっぱりこの子の容姿は最高である。
黒く艶やかな髪に、今は涙で溶けている瞳はまるで黒曜石のようだ。
チープな表現だけど本当にそう思うんだから仕方がない。
まあ……私も言い過ぎたし、ギロチンかけられても仕方がないかぁ。
そう思えるくらいには、私の中に彼女への罪悪感と申し訳なさが沸いていた。
だけど次の瞬間には、こう思ったのをちょっとだけ後悔した。
「はあ? 貴女もしかして馬鹿ですの? 普通、処刑の身代わりをさせた人間をお人好しとは言いませんことよ」
「……さいですか」
前言撤回である。
やはりこの子はアルワデ=カーデウス公爵令嬢その人だ。
本人の性格は別として、彼女の立ち居振る舞いは悪役令嬢のデフォルトに見える。
「でも勿体ないなぁ。アルワデって私の『悪役』理想像なのに」
悪役に憧れる身として素直な感想を述べただけなのに、なぜかアルワデは眉間にぎゅっと皺を寄せ、不満を露わにした。
私はといえば、彼女が不機嫌になった理由がわからず首を傾げている。
「全く意味が分かりませんわ。勝手にワタクシに夢を押し付けないでくださいませ。誰が好き好んで悪役になどなりたいものですか。幸せ《ハッピーエンド)》を確約された
「言い切るねぇ……」
にべもなく返され肩を竦める。確かに彼女の言い分はわかる。わかるが、やはり私は悪役が好きだ。
至高の悪役は、全てに一貫性があり、揺らがない。
そんな風になりたいと思う。きっかけは、中学二年の時だったか。
「ま、でも本当にアルワデと入れ替われるのなら、私はそれでもいいやって思うんだけどね。ただし、ギロチン直前とかじゃなくて、まだルート変更できる部分からがいいけど」
「貴女……本気ですの?」
「まあ八割五分くらいは」
ゲーム世界がどういうものなのか正直全くわからないが、普通に人間の人生として生きられるのなら、私の理想の悪役になるために、彼女と入れ替わるのはやぶさかではない。
というか、理想の悪役(女性版)がいないのなら自分でなってしまえばいいじゃないかという話である。
求めた理想の人生を生きられるのなら、たとえゲーム世界だろうがなんだろうが構わない気がした。
元の世界には、もう自分を待ってくれる人は生きていないことだし。
と、そんな風に考えながら、怪訝な顔をするアルワデを眺めていた———時だった。
『ならば本当に、入れ替わってみるか』
真っ黒な空間に、天井から真っ青な光が差した。
それは雲間から刺す光に似て非なるもの。
色はまるで深く底の見えない海のように、濃く、けれど透き通っている。
現実では天使の梯子とも、薄明光線とも言われる現象だ。
全く色違いではあるが。
私とアルワデは同時に黒い世界の天井を見上げ、二人してあんぐりと口を開けた。
「「はい?」」
私と彼女の声が、重なった。
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