第六話 悪役令嬢の身の上話


 自分が文句をつけまくっていたキャラクターが目の前に現れたら、あなたなら一体、どうするだろうか。

 

 しかも本人から直接、怒られたとしたら。


「全部聞こえてたんですのよ! お粗末とか存在感が薄いとか、ワタクシがやったことをみみっちいって言ったり!」


「あっちゃー……」


 私は、なぜか。

 真っ黒な空間で全身真っ黒な少女を前に、途方に暮れていた。

 

 いやまあ、原因は自分ぽいから自業自得かも、とか思わないでもないが。

 だがしかし文句つけてたゲームキャラ本人から切れられるなんてよもや思わなかったので、これは不可抗力だと言いたい。


 誰だって悪口は面と向かって言わないものだ。

 むしろ作品に対してなら悪口というより批評に当たると思うし。

 かなり主観は入ってたわけだけど。


「っ趣味が悪くて悪うございましたね! 恋は盲目と申しますでしょう!? 少しくらい周りが見えなくなるなど誰にでもある事でしょうにっ! どうしてワタクシばかり責められるのですか!!」


「え、えーっと……す、すいません?」


「謝ればいいってものじゃありませんわ!」


「ええー……」


 一体どうしろと言うんじゃ。

 とプチ逆切れ状態になりながら、自分の顔が引きつるのを感じた。

 

 確かに、確かに文句つけまくってた私が悪いっちゃ悪いんだろうけど、会って早々怒られるわ泣かれるわ、ついでに言えば今からちょっと前には、ギロチンで首を切られるという彼女と同じ状況を強制体験させられるわで、こっちもかなり悲惨———


 って。ちょっと待て。


 ということは。

 もしや。


「あのー…アルワデさん? もしかして、私を引っ張り込んだのは貴女だったりします?」


 気付いた事実を口にしてみれば、案の定アルワデの黒い瞳がふよふよと、それこそあからさまに泳ぎだした。


 うおい待てい。

 思いっきりバレバレじゃないの。


 悪役令嬢の割に素直が過ぎませんか、この子。

 私の方が大分擦れてるよ。


「ア・ル・ワ・デ・さん?」


 にこーっと笑顔で圧をかけてみると、出会った時から流れていた彼女の涙が、ぽろぽろからだああーっと滂沱の如く変化した。涙の滝である。 


「……っ五月蠅いですわ……っ!! だったらっ……どうだと言うのです!? ワタクシだってわかりませんわ! 断罪されている最中に貴女の声が聞こえて、かっとなって心で反論したらこの場所にいましたのよ!」


 えっぐえっぐと時折えずきながら答えてくれるアルワデ嬢。


 なんというか、悪役令嬢っていう看板はやっぱり下ろした方がいいんではなかろうか。

 これでは私が弱いものいじめをしているみたいじゃないか。

 めちゃくちゃ心外だ。


「ってことは、意図的ではなく偶然、私を引っ張り込んで二人してこんなところにいるってわけね……」


「そうですわっ!」

 

 いや、そうですわと言われましても。


 わけわからん事態が二人分になった事に溜息をつきながら、私は彼女の話に耳を傾けた。


 アルワデ曰く、彼女は確かに『ラミアーヴァ帝国水物語』の悪役令嬢であるらしい。

 そしてそれは彼女の本意では無かったのだと。


 ゲームのキャラクターに本意があったのか、という話についてはこの際置いておこう。


 ともあれ、悪役になりたかったわけではないのに、やる事なす事、物語の強制力でそう見なされ、仕立て上げられたのだと彼女は語った。


 婚約者である皇太子が幼い頃から好きだったのに、ヒロインが登場したことで簡単に捨てられて。

 にも関わらず諦め切れず、嫉妬ゆえにヒロインへ嫌がらせをしてしまったと。


 断罪中も最後には幼馴染でもある婚約者が助けてくれるのではないかと縋った一抹の希望さえ裏切られ、実際に行った罪よりはるかに重い罰が下されたと。

 

 そして『あのシーン』で、私の声が聞こえ、反論したらこの場所に居たのだとか。

 私の首切り《ギロチン》シーンについては、この空間から見えていたらしい。

 投影的な何かだろうか。


 丁寧に説明してくれたのは良いものの、やはりどういう原理でこうなったのかはわからなかった。


「ワタクシは……ワタクシは愛されたかっただけ! 誰かを傷つけたかったわけではありませんわっ。ただ好きな人に、好きでいてほしかった、そばに居てほしかった。悪役になど、なりたかったわけじゃない……っ」


 いい加減目が干からびるんじゃなかろうか、というほど泣き続けているアルワデが、今度はわああっと声を上げて顔を膝に押し付けた。

 ってそれ私の膝なんですが。涙が染み込んで冷たいです。


「まー……自分の死が迫ってるときに、見も知らぬ第三者に罵詈雑言吐かれりゃ、そら怒りもするよねぇ……」


 人の膝でおいおい泣いているアルワデの背中を擦りながら、私はなんだか申し訳なくなった。


「っワタクシ、頑張ったのに……っ! 勉強も皇妃教育だって、一日も欠かさず励みましたわ……! 大っ嫌いな貴族付き合いだってお茶会だって、毎回胃が痛くても、胃薬を常用しながら我慢して続けてきましたのに……!」

 

「ええっと……大変、だったね?」


「適当な慰めなんて要りませんわっ!」


「あ、はい」


 なけなしの親切心を出したら、思い切り撥ね付けられました。何この理不尽。


 だけど私としても文句言いまくった罪悪感があるので、甘んじて受け入れます。

 余計な事言うともっと泣かれそうだし。ジャージの膝がもっと冷たくなりそうですし。


「貴女の文句を聞いて、ワタクシ思ったのですっ。そんなに仰るなら、ワタクシになってみればいいんだわって!」


 私の膝から顔を上げたアルワデが、今度は両頬を膨らませて言う。

 キツめな顔立ちが、私と同じ十五歳の少女らしく幼く見えた。


「はあ、なるほど」


 彼女の言い分を聞きながら、黒く艶々した頭を撫でる。

 するとちょっと恥ずかしかったのか、アルワデが「ふんっ」とそっぽを向いた。

 なんか可愛いなこの子。


「ワタクシとしても、まさか本当になるとは思いませんでしたけれどっ。貴女がギロチンで首を切られた時は、さすがに悪かったと……思いましたわっ。でも、だからって、こんな変な場所に二人して閉じ込められるなんて……! 一体これから、どうしたらいいんですのっ!?」


「いや私にもわかりませんよ。そんなの」


「全く頼りになりませんわあああっ!」


 だから人の膝で泣くなと言うに。

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