第五話 悪役令嬢の号泣

 夜眠る時、瞼を閉じた後の世界はきっと、誰もが知っているものだ。

 

 真っ暗なようでいて、不思議と光がちかちかしているみたいな、そんな感覚。

 見えているのかいないのか、自分でもぼうっとしてたら寝てるのか起きてるのか、わからないような。


 それと同じ感じがする景色の中に私はいた。


 「……明らか天国じゃなさそうなんだけど。どこよここは。それともやっぱ夢だったの?」


 黒い世界で一人首を傾げる。


 普通に考えて、スマホゲームに引っ張り込まれるとかありえないし、しかも『最後』に見たのはアルワデの『最後』だったわけだし。なんていうか、それを体感したというか。


 「いやいやいや。夢オチが今のところ有力でしょ。万一、心臓発作とかでベッドでおっ死んだとしても、祖母ちゃん迎えに来てないし、三途の川も見えないし。いや私無宗教だけど」


 一人でうんうん唸っても状況は変わらない。

 考えても仕方がないかと、捻っていた首を元に戻し、ひとまず姿勢を正した。


 死んだ祖母ちゃんも「はったりでいいから胸張っときな」って言ってたし。


 とりあえず両手を見てみる。


 見える……しちゃんと『在る』。


 幽霊になっても自分の身体って視認できるんだろうか、と思いつつ、両手をにぎにぎ動かしてみた。

 ちゃんと動いた。


 うーん。

 とりあえず、動けるなら動いてみるか。

 

 先ほど見たギロチンで首切られて死ぬ、とかいう夢だか何だかわからない強い恐怖のせいで、もう何でも来い状態になっている私はひとまず足を動かすことにした。


 人間怖い思いをすると、精神が図太くなるのかもしれない。


 「よーし、行ってみよー。やってみよー」


 子供番組の歌のお姉さん並に無駄に明るい声を出し、私はてくてく歩いていった。


 どっちが右か左かもわからないし、もちろん東西南北もわからない。

 真っ暗だから方向感覚など皆無だったが、とりあえず前に進むことにした。


 「出口とかあるのかなー。穴とかあったらやだなー。もう死んでるなら死んでるでいいからとっとと祖母ちゃんに合わせてよー。ゲームの文句言ってやるんだから」


 ぶつくさ文句も垂れつつ歩く。


 時々青いネコ型ロボットのテーマソングとか、セーラー服着た美少女戦士の歌なんかも口ずさみながら。

 90年代アニメの曲は名曲が多いのだ。


「っわったしがいーまー♪ みーつーけー♪ ってうわっ!?」


 そして十六曲目、ボディコン除霊士アニメの曲を歌い終わるところで、何かに蹴躓きすっ転んだ。


 それはもう、見事に。

 ずべし、と。


「っ痛ぁ〜っ! もう、物体があるなら最初から言っといてよっ!!」


 誰でもない黒い空間に怒りをぶつけながら、膝小僧をさすさす立ちあがった私は、そこで「あれ、痛覚もあるな」と気が付いた。おまけに、足元にある気配にも。


 「な、なに……?」


 目を凝らして躓いた原因を見てみると、それは物体ではなく、一人の———女の子だった。


 黒いはずの景色の中、その子だけがぽっかりと浮き上がるみたいに見えている。


 しかも地面(と言っていいのか不明だが)に蹲ってしくしく泣いているらしい。

 すすり泣きが聞こえた。


 真っ黒な空間の中で蹲り無く女の子とか。

 若干、というかだいぶホラーである。


「あのー…? もしもしー? 大丈夫ですかー…?」


 もしかして、私が躓いたせいでどこか怪我させたのだろうか。とちょっと心配になりながら声をかけた。

 波打つ黒い髪が美しい、黒いワンピース姿の女の子だ。

 年頃は恐らく私と同じくらいだろうか。


 って、ん? 波打つ黒い髪? 黒いワンピース?

 なんかどっかで見たような。


 不思議な既視感を感じながら様子を見ていると、黒髪の女の子の身体がもぞりと動く。


 おや?


「だ……」


「だ?」


「大丈夫じゃないに決まってますわあああっ!!」


「うわぁっ!?」


 突然の絶叫に、驚き慄いて後ずさる。


 蹲っていた少女は私が声をかけた瞬間に立ち上がり、ついでに思いきり叫んでいた。

 驚くなという方が無理である。


 てか大丈夫か。この子。


「毎回毎回! ギロチンで頭ちょん切られて平気な女がいたら見てみたいですわ!! なのに貴女ったら文句ばっかり!! こちらの気も知らないでっ!!」


「は? や、ちょ、顔、近っ……!!」


 黒髪少女は急にずいっと思い切り詰め寄ってきたかと思うと、物凄い剣幕でわけのわからんことを喚いている。

 うん。

 もう、何がなんだかわからない。


 目を白黒させながら、それでも眼前にある顔を見て私の視線は釘付けになった。

 

「ワタクシが……ワタクシがどんな気持ちでっ……!! 誰が三流ですかっ!? 誰が期待外れとっ!! 好き勝手言ってんじゃないですわあああっーーー!!」


「い、痛っ! 痛いってばっ!」


 喚く少女、いや、令嬢は少々吊り上がった瞳を涙に濡らしながら、ぼかすかと私の胸を叩いてくる。


 華奢なせいか一発ずつはさほど強くないものの、連続でやられてはさすがにちょっと痛みがあった。


 それよりも。

 この子って———?


 わけのわからん場所で、初対面の女の子から怒鳴られ攻撃を受けている事よりも、私は彼女の持つ外見に驚愕していた。

 あまりにも、彼女の姿形に見覚えがあったからだ。


 波打つ漆黒の髪は腰まで届き、揃いの黒い瞳は目尻がややつり上がっていて。

 フリルやリボンがふんだんに飾られた衣装は、ワンピースというよりドレスのそれで。


 胸元には、一点の赤———つまり、一輪の薔薇が咲いていて。


 そんな容姿(キャラ設定を持つ者など、私が知る限りでは一人しかいない。


 彼女は、もしかして。 

 

「あ、貴女もしかして……アルワデなの!?」


 名を呼んだ瞬間、少女の手がぴたりと止まった。


 そして、黒く潤んだ瞳がきっと私を睨みつける。

 まるで……あのスマホの画面で、目にしたのと同じように。


「———他に誰だと言うのですっ! あんなにワタクシに文句をつけておいて!」


 ふざけないでくださいませ! と憤慨しながら、彼女は私を叱りつけた。


 『ラミアーヴァ帝国水物語』のラスボスである悪役令嬢———アルワデ=カーデウスが、そこに居た。


 ……なんか号泣してるけど。

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