第四話 異世界というリアル


「アルワデ=カーデウス公爵令嬢。いや、既に元公爵令嬢か。最後に申し開きがあるならば聞こう。言ったところで、この場の誰も貴様の言葉を信じる者などいまいがな」


 冷たい声が場に鳴り響く。


 呆然としながら斜め前方……声の方向に目をやると、広場から数段上がった場所に水色の髪と深海の瞳を持った皇太子、ラミアーヴァ帝国の第一皇位継承者ナディム=イルバ=フォン=ラミアーヴァがいた。


 冷たい海の瞳が忌々しげに『私』を見下ろしている。


「あ……わ、わた、し……」


 喉が詰まって上手く声が出てこない。


 違う、私はアルワデじゃない、と言いたいのに言葉が紡げない。


 もちろん喉の不調などではなかった。

 この場の重苦しく責めるような威圧感に圧倒されていた。

 

 自分を取り囲む人々の刺すような視線。

 込められているのは侮蔑や嫌悪、蔑みだ。


「ふ、最早口もきけぬか。かまわぬ。元より貴様の声など聞きたくもない……兵士よ! 罪人を断頭台へ引っ立てよ!!」


 高らかな宣言と共に、隣に立つ兵士二人が私の両脇を抱え、目の前のギロチンが設置された場所へと引き摺っていく。


 掴まれた腕や頬に当たる生ぬるい風や、群衆が囁く罵りの声に、全ての感覚が遠ざかっていく。


 あれ。

 何だろほんとこれ。


 まずいとか以前に、すごく詰んでる気がするんだけど。


 全身の血がざあっと一斉に失われるような感覚の中、まるで第三者みたいな自分の声がした。

 やたら生々しいのに現実感がまるでない、そんな矛盾した思いを抱く。


 けれどその『声』がした瞬間、周囲の罵倒が一瞬ふっと掻き消えた。


「——無様ねアルワデ。いい気味よ」


 嫌悪に憎悪、嘲り。


 全てが入り交じった声だった。


 しかし声に振り向く間も無く、身体をどさりと放り出され我に返る。

 間近にそびえ立つ物を見た時、頭が真っ白になった。


 がくがくと、膝が壊れたみたいにひとりでに震え出す。


 目の前にあるのは、人を殺す為の道具。

 命を断つ為だけに作られた、処刑装置。


 ささくれだった古い木材には、夥しい数のどす黒い染みがついている。

 二本の柱を軸として、その中心、遙か上にあるのは鈍く光る巨大な刃だ。


 錆の混じった波打つ刃紋には、赤黒い塊が幾つもこびり付いている。

 それが付着した人間の血液の変色したものと気付くのに、時間はそう掛からなかった。


 ……っ嘘だ。


 誰か、誰か夢だと言って……っ!


 ふるふると必死にかぶりを振る私を嘲笑うように、男二人は無表情で私の首を掴みギロチンに無理矢理押し込めた。


 上下の木版に首を挟み込まれ、逃げなければと思うのに身動きが取れない。


「悪逆非道な行いをした者に、正義の制裁をっ!!」


「「「制裁を!!!!」」」


 皇太子ナディムのかけ声に、場を取り囲む人の群れが応じる。首を固定され動けない私は、限界まで目を開き真っ直ぐ前を見つめていた。


 醜悪に歪む人の顔の中で唯一、違う表情を浮かべている『彼』に目を引かれて。


 白い髪、灰色の瞳の綺麗な人は、何か叫びながらこちらを凝視している。


 けれど彼の背後にある建物を見た私は、衝撃に呼吸を止めた。


 ゴシックな装飾が美しいその建造物は、ゲーム内でも出てきた教会だった。

 硝子張りの壁面が鏡のようになり、周囲を映し出している。


 石畳の広場に集まる群衆と、断頭台、そして首を挟まれた女性の姿を。


 その女性は———『私』だった。


「執行———っ!」


 シャアアッ、と滑り落ちる音を聞いた。


 その後ふっつりと、意識が途絶えて。


 私に向かい叫んでいた男性が、アルワデの執事、ザイス=ヴァーリだと気付いたのは、闇に意識が落ちるのと同時だった。


 こうして『私』は、一度『死んだ』。

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