第二話 期待外れの悪役


「え? 祖母ちゃんの遺言……ですか?」


「そうなのよ。遺言書と一緒にこの手紙が入ってたの。時子ちゃん宛よ」


 そう言って手渡されたのは、一通の白い封筒だった。


 日付は三月某日。

 祖母ちゃんのお葬式から数日経った頃のこと。


 その手紙を持ってきてくれたのは、祖母ちゃんの古い友人で私の『未成年後見人』となってくれた女性、葛籠つづらやえさんだった。


 すらりとした細身の女性で、紺色のタイトスーツが綺麗な纏め髪とよく似合う、まさにキャリアウーマン! といった感じの人である。

 襟の部分に金のひまわりの弁護士バッジをつけており、メッキの剥がれ具合が彼女のベテランぶりを物語っていた。


 葛籠さんには、祖母ちゃんの生前から仲良くしてもらっていた。


 祖母ちゃんが息を引き取った日、途方に暮れていた私の元に一番に駆けつけてくれたのが彼女だ。

 通夜やお葬式の手配など、何も分からなかった私の代わりに必要な手続きを全て行なってくれたのも彼女である。


 祖母ちゃんに「もしもの時はお願いね」と頼まれていたらしい。


 お葬式の後、葛籠さんは祖母ちゃんから預かった遺言書の通りに私が受け取る遺産相続の手続きをしてくれた。既に再婚し縁が切れている私の実母(祖母ちゃんとしては娘)や元父に遺産を騙し取られたりしないようにと、細かい事まで丁寧に説明してくれたのは本当に有り難かった。


 そんな彼女はお葬式の後も毎日、仕事帰りに私の様子を見に来てくれていた。

 今日は遺言書やその他諸々の手続きが全て完了した事の報告と、この手紙を渡すために寄ってくれたらしい。


「祖母ちゃんから手紙なんて……初めてだ」


「そうね。言いたいことは顔を見て伝えるタイプの人だったもの。私も入っているのを見て驚いちゃったわ」

 

 彼女は私が用意しておいたお茶のカップに口を付け、ふっと顔をほころばせながら言った。

 

 葛籠さんから受け取った白い封筒には、達筆な筆字で『時子へ』と書かれていた。

 間違いなく祖母ちゃんの字だ。

 漫画や小説が好きな癖にやけに筆無精で、電話や直接会って話す方が早いと断言するような人だったからこういったものを残しているとは思わなかった。

 

 独り残される孫のために、柄じゃないことをしてくれたんだろうか。

 だとしたらかなり嬉しかった。祖母ちゃんは女傑で頼りがいはあったけれど、甘えられるようなタイプの人ではなかったから、最後にこういった心のフォローをしてくれたのかと思うと、目頭が熱くなる思いだった。


「最後にこういうの残すのって、ある意味ずるいですよね……」


そっと丁寧に封を開ける。

中には真っ白で光沢のある便箋が入っていた。

便箋を開くと、内側には白い曼珠沙華の花が紙一面に印刷されていた。一目で高級紙だとわかる。

奮発したんだなぁと思いながら、書かれている内容を読み——————ぎゅう、と眉を顰めた。


なんだこれ。


「……百合子のお勧め十選??」


「あら、まあ……ふふ、百合子さんってば。でも、らしいと言えばらしいわね」


 思わず声に出してしまった私に、葛籠さんがくすくす上品に笑う。

 そんな彼女に、私は苦笑いを浮かべながら便箋を見せた。


 純白の曼珠沙華が花開く美しい便箋にはやけに短い文章が、しかも箇条書きで記されていた。


 一番上には漢数字で一、次に二、三、という順番で上から下に並んでいる。

 その横にあるのはどう見ても漫画や小説、はたまたゲームのタイトルといった残念ぶりだ。

 しかも一番のやつの横には『これだけはあたしが死んだら真っ先にプレイしな!!』という文言まで書いてある。祖母ちゃんのオタク趣味もここに極まれり、だ。

 

 祖母ちゃん……孫への手紙なら、もうちょっと他に何かあったでしょうよ。


「普通こういうのって、後に残された人への謝罪やら励ましやらが書いてあるもんじゃないですかね……」


 げんなりしながら言う私を励ますみたいに、葛籠さんはソーサーにカップを置いて、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。


「だって百合子さんだもの。自分のしたいように生きてた人よ。むしろ辛気くさいのは御免だわって、わざとこうしたんじゃないかしら。時子ちゃんの気が少しでも紛れるようにって」


「そうかなぁ……」


 祖母ちゃんのフォローをしているとしか思えない葛籠さんの意見に半信半疑になりつつ、私は溜息を吐きながら便箋をテーブルに置いた。

 葛籠さんはその祖母ちゃんお勧めリストを見ながら「あら、これ私も好きなのよ」なんて言っている。


 あの祖母ちゃんにして、この友人あり……という事らしい。


 そうして葛籠さんが帰宅した後、特にやることもなかった私は便箋にあった『百合子のお勧め十選』に挑戦してみることにしたのだ。


***


 ———で。

 その結果が今、というわけだ。


「ちょっとヒロイン呼び出して水ぶっかけるとか、どんだけテンプレ……ドレス切り裂くとか小学生かっ。しかもやったの取り巻きだしっ。もっといくらでも悪役らしいやり方あるでしょうが。こんなの三流以外の何ものでもないわ」


 仰向けで苛立ち紛れに指先でタッチすると、ぱっと画面が切り替わり通称『断罪イベント』と呼ばれるシーンが表示された。石造りの広場に断頭台、所謂ギロチンがあり、連行された悪役令嬢アルワデの首が挟まれている。


 もうおわかりだろうか。

 『百合子のお勧め十選』にあったこれだけは真っ先にプレイしろ、と書いてあったタイトル。

 それが現在プレイ中の乙女ゲーム『ラミアーヴァ帝国水物語』だったのだ。


 私は四時間ぶっ通しでプレイした結果、このゲームの(とてつもなく残念な)クライマックスに到達したというわけである。

 願わくば、誰かに時間を返して欲しい。


 にしても、四時間と言えばプレイ時間としては短い方じゃないだろうか。


 なんでもこのアプリゲームはプロが作ったものではなく、アマチュア制作のものらしい。

 (祖母ちゃんの手紙にそう書いてあった)

 おかげで、ネットをどう探しても攻略サイトのこの字も見つからなかった。

 まあ、こういう選択型のノベルゲームは私は自力で攻略する派だから別に良かったのだけど。


 しかも不思議なことに、アプリダウンロードストアの中ですらこの作品名タイトルは存在していなかった。一体、祖母ちゃんがどこからこのゲームをインストールしてきたのか不明である。


 もしかしたら友達が作ったやつとかかな。

 やたら顔の広い人だったし。


 配信前ゲームのテストプレイなどもやっていたらしいので、そういう繋がりかもしれない。

 益々もって筋金入りのオタク祖母ちゃんらしい。


 このゲームのアイコンは水に巻かれた龍になっていて、タイトルの通り水の帝国が舞台だ。


 水に、龍。

 なんだか祖母ちゃんお気に入りの着物みたいだ。


「勿体ないなぁ。作品自体はかなりクオリティ高いのに……」


 恐らく一般的には良作の部類に入るんだろう。

 アマ作品とは思えないほど微細で美しい背景絵に、輪郭線がはっきりした90年代アニメを思わせるキャライラストは、祖母ちゃんの影響でファンになった私としては嬉しい誤算だった。


 画面の陰影のコントラストはやや強めで、それが重厚なBGMとほどよくマッチしている。

 スチルも多いし、物語もよく作り込まれていて中の上といったレベルだ。

 十人中九人は、ボリュームは少ないながらクオリティの高い作品だと評価するだろう。


 が。

 しかし。


「この、悪役がねー……」


 祖母ちゃんは、私の好む作品をとてもよく知っていた。

 お互いに貸し借りや作品について漫画でもゲームでも話していたし、日常会話がそうだったと言ってもいい。


 だからこそ、祖母ちゃんが勧めるならばきっと期待できると思っていた。

 あの人は私の趣味嗜好を熟知していたし。


 なのでもしかしたら……ずっと探し続けている私好みの『悪役』に、出会えるんじゃないかと思ったのだ。


「この悪役令嬢アルワデがどーも存在感うっすいんだよねえ。悪役の割に正々堂々とヒーローの前でヒロインに嫌み言うし、手下の取り巻きにだって指示なんてしてない上に暴走させてるし。なのに後ろで見てるから黒幕は自分ですよーって周りに広めてるようなもんだし。嘘の情報教えたりとかやる事なす事やたらみみっちい。悪役ってこうじゃないでしょ。っていうかこの程度でギロチンかけられるとかこの世界の法制度おかしくない?」


 ギロチンに首を挟まれ、今にも処刑執行されそうなキャラに対し散々な言い草だと自分でも思うけれど、つい愚痴が零れてしまう。


 作り手さんのことを考えれば、こんな事口にすべきではないと分かっている。

 だけどSNS等に書くわけでなし、せめて独り言くらいは許して欲しいとも思う。


 確かにいじめは犯罪だ。それは私も同感である。


 しかし、この悪役令嬢アルワデ=カーデウスにおいては、元々ヒーロー(皇太子)の婚約者だったものの、ヒロインの登場により蔑ろにされ、なおかつ彼女を皇太子妃にと望んだ両親からも日々責められる毎日を送っていた。

 

 世界設定的に、どこの馬の骨かわからん平民女に貴族の令嬢が負けるわけにはいかないとかなんとからしい。


 だからって主人公を虐めていい理由にはならないが、アルワデの気持ちはちょっとわからんでもない。


 彼女のゲーム内台詞から察するに、アルワデは幼少時に婚約者と決まった日から十六を迎えるまで、ずっと寝る間も惜しんで妃教育をほどこされていた。

 

 当の皇太子本人は遊び呆けているというのに、他に心染めることはあってはならんとかで、四六時中護衛付き&異性接触禁止という鉄格子付きの箱入り娘具合だ。


 にも関わらず成長したら主人公の登場or虐めたとかの罪で、それまでの努力を全否定される始末。


 主人公としてプレイしている私ですら「いや周りおかしいだろ」と突っ込みしながらちゃぶ台返しをしたくなるほどの環境設定なのだった。


 完結に言えば、悪役の設定がチープ過ぎるのだ。悪役らしくない、というのが正解だろう。

 物語が良い分それが矛盾を呼んでいる。


 にしても。

 これシナリオ担当さんは疑問に思わなかったのかな。

 いくら何でもここまで努力したの(しかも強制)を蔑ろにされりゃ誰でも切れるって。


 書いてる側だと気付かんのだろうか。

 それにアルワデがしたのって虐めか?


 あまりにも内容が大した事なさ過ぎて嫌がらせ程度にすらなってない気もする。


 やってるのってほぼアルワデの取り巻き達だし。

 彼女の意思なんてそっちのけな時も多いし。


「そもそも、なんであんな男が好きなのよアルワデは。ヒロインもだけど趣味悪過ぎない? アルワデん家の執事ザイスの方が数億倍……どころか比べものになんないくらい格好良いのに、目え節穴なの?」


 最早気分はドラマにクレーム付ける昼下がりのおばちゃんである。


 それだけ、世界観に浸れていると言えば聞こえは良いが……。


「それにアルワデのやった事って悪役っていうか単なる女の腹いせでしょ。これで悪役とか無いわー。三流以下にもほどがあるわー。悪役っていえばやっぱりこう、自分の手は汚さずに如何に相手に瀕死のダメージを与えるか、尚且つ自分が黒幕だってのをどう悟られないように動くかとか、美学がないとねぇ」


 うんうん、と頷きながらギロチンに首を挟まれ俯いている少女を見る。

 自分と同じ十五歳という年齢を鑑みて、なんだか気の毒になってしまった。


 アルワデの長い真っ黒な髪は地面に落ちて扇状に広がっている。

 顔も下を向いているせいで表情が見えず、正直これもいただけないなぁ、と思った。


 仮にも悪役ならば、こういう時こそ真っ直ぐ前を向き、死の間際まで冷笑を浮かべるべきだ。

 自分以外の者全てを見下し、自らが孤高の存在であるのだと強調して。

 そうして己の悪を知らしめる。


 それが『悪の美学』というものだ。


「キャラデザはどストライクなのに。勿体ない……!」


 アルワデの黒髪、黒いドレスを見ながら未練たらしく頭を振った。


 祖母ちゃんがお勧めするだけあって、確かに私好みではあった。このアルワデという悪役の……デザインに関しては。


 アルワデは乙女ゲームの悪役としては珍しい日本人めいた黒髪、黒目のつり目美人だ。

 その上黒いドレスを纏っており、胸元には一輪の赤い薔薇を飾っている。

 かつて皇太子にプレゼントされたという紅玉(ルビー)のブローチだ。


 髪も瞳も衣装までも、全てが闇の漆黒。

 そこへ血の雫を落としたように一点だけ映える赤。


 これぞ悪役、といった配色は一目で私を虜にした。


 けれどまさか、その性格設定がこれほど理想とかけ離れているとは……ゲーム終盤になるまで正直信じたくなかった。


「せっかく、理想の悪役に会えたと思ったのになぁ……」


 顔を伏せたままのアルワデの姿がなんとも切ない。

 これでは三流悪役キャラである。

 見た目は私的に超一流なのに。


 こう言っちゃなんだが、私は幼い頃から正義のヒーローよりも悪役に魅力を感じていた。

 なぜかと言われても答えは一つしかない。

 

 ヒーローは悩み迷いながら成長するが、悪役には初めから確固たる信念があり、迷うことが無いからだ。たぶん、何でもはっきり物事を決める祖母ちゃんの影響も大きいのだろう。


 白と黒なら、私は黒を選ぶ。

 灰色なんぞ論外だ。


 誰だって悪役、と聞けば必ず誰か一人は漫画やアニメのキャラクターが思い浮かぶはずだ。

 (私自身も尊敬している戦闘力五十三万の宇宙人様とか、ばい菌からなる努力の天才とか)


 けれどその大抵が男性キャラである。

 (日本が誇る国民的アニメの二大悪役なんて同じ男性声優さんが演じているし)


 アルワデのような黒髪黒目の日本人的要素を持つ『女性悪役キャラ』は皆無。


 昨今の流行である異世界モノは、多くの場合主人公(ヒロイン)にそういった要素を当てる。

 読み手と同じ要素を持たせることで、より深く話に入り込み共感してほしいと誰しもが思うからだ。


 けれど、私はそうではない。


 私が共感し、なりたいのは———


「本っ当期待外れだったわアルワデ。もっと芯の通った悪役だったら良かったのに」


 画面を見ながら溜息を零す。

 なんだかこれ以上プレイする気になれなくて、私はやっとスマホのホームボタンに指先を伸ばした。

 ———その時。


『だったらっ!!! 私(ワタクシ)と代わってよ!!』


 突如脳内に声が響いた。

 それは、とても聞き覚えのある声で。


「へ?」


 見ると、画面のアルワデがギロチンに挟まれた首を上げ、怒りの形相できっと「こちら」を睨んでいた。

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