第10話


男女ともに口にするのは「仲良くなりたいから連絡先教えて?」である。

それを断るのは、自由で静かな時間を求めるソロキャンパーなら当然のこと。

仲良くなるというのは、類語に変換すれば「便利なやつ捕まえた」である。


「私たちのためにテントの設営をして、私たちが遊んでいる間に食事の準備をして、食後の片付けは当然アンタがしろ。翌朝も早く起きて、私たちが起きたらすぐに食べられるようにしておけ。仲間にしてあげるんだから、それくらい当然でしょ」


炊事場で絡んできて管理棟の職員に突き出した女たちはそう言った、悪びれる様子もなく。

だから笑顔でこう返した。


「じゃあ、派遣業務として依頼を受けましょう。出張料金1時間2千円。休日料金に1時間1千円上乗せ。テント設営費、1張り1万円。タープ1張り3千円。料理1食1千円、材料費込みなら3千円。それに人数分が加算されます。宿泊ですから、さらに夜間業務代が加算されて……」


いやあ、面白いくらいに騒いだ、騒いだ。

「友だちになってあげるんだから、それくらい無料でやるのは当然だ!」だって。

私が「お友だちになってください」なんて頼んだ覚えはないのにね。

それに介護の派遣業務でさえ、買い物や料理の代行でも1時間1千円以上。

その場合でも、食材の代金は依頼者負担。

まあ、テントの設営は管理棟に依頼するけどね。


「どうする?」と職員に聞かれた私は「迷惑こうむった」と返答。

彼女たちはやはり『二度と利用しません』の書類に署名。

身分証のコピーと顔写真を撮られて(1人が保険証だった)、迷惑料5万円を支払ってキャンプ場から追放。


彼女たちは家族で来ていた。

旦那たちが釣りから戻ったらテントなどが片付けられてて、フリーサイトの管理人から荷物を持ったまま管理棟へ向かうように言われて駆けつけた。

事情を聞かされた彼らが怒り出すかと思ったけど、キャンプ場や広場のルールは知っていたらしく、素直に追放処分に従って帰って行った。

帰る前に、迷惑をかけた私に謝罪していくのは忘れなかった。

追放の原因たちは謝罪もせず騒いでいたけどね。

ちなみに支払われた5万円の中から2万円を、私への迷惑料として受け取った。

5万円なのは1家族1万円だから。

つまり5家族で来ていたの。


釣りで楽しんだらしい少年たちの「帰りたくない」と言った泣き顔を見ても……母親たちは「うるさいわね!」と怒鳴るだけだった。

自分たちが悪いと反省していなかったけど、「ここ以外のキャンプ場に行けばいい」と思ったのかもしれない。

しかし、悲しいかな。

1ヶ所のキャンプ場で追放されれば、その周辺でもされる。

家に帰ったか、まったく違う場所にあるキャンプ場に向かったか。

どんな形であれ、キャンプの自由な時間は厳しいルールの上に成り立っていると身をもって知っただろう。



これは私ではないけど(私はサッサと管理棟へ通報するタイプ)、連絡先を交換したソロキャンパーが実際にあった被害。

その女性をWとしよう。

Sという女性に声をかけられて、愚かにも連絡先というかLから始まるSNSを交換したWは、数週間後の連休前に「今度の休日どこかへ行くの?」という内容の連絡を貰った。

そのときに日程とキャンプ場を教えたという。

そうしたら、その日にSはWが教えたキャンプ場へのだ。

そこは当日飛び込みOKの場所だったけど、運良く? いや、運悪く? Wと会うことはできなかった。

残念ながら、その人たちが行ったのは駐車場を使用するのに1台いくらの有料制というキャンプ広場。

私もWも車中泊組のため、車の持ち込み&隣にテントとタープが張れるキャンプ場しか使わない。

それで私とWは炊事場で顔をあわせば挨拶をかわし、たまに食材を分けあう程度の顔見知りになっていた。


そしてこれは【キャンパーあるある】なんだけど……

同じ場所、例えば日光を舞台として。

「日光のキャンプ場に行く」と言ったらどう捉えるか。

奥日光も含めて「日光のキャンプ場」と捉えるか、否か。

そして検索すれば色々と出てくるキャンプ場のどこをさしているのか。


彼女もを言っていた。

それが一般的な名前でなく、正式名称は違っていてもキャンパー同士なら「あそこの?」「そうそう、左に曲がって橋を越えた場所の」で通じてしまうもの。

川沿いなどはキャンプ場が集中していて、似た名前になってもおかしくない。

同じ運営会社が経営していることが原因でもあるけど……第一から順番に名前がつけられていることもある。

それでもキャンパーには関係がない。


「川向こうの」

「橋の手前」

「吊り橋の先」


キャンパー同士ならそれで通じてしまうのだ。


その要領でWはキャンプ場を教えた。

川沿いに複数ある、似た名前を頭に掲げたキャンプ場のひとつを。

奥飛騨、日光、奥入瀬。

市営、町営。

そんな名前がキャンプ場の看板にはついている。

しかし、それのうちいくつが『キャンプ場の名前』となっているのか。

それを知らないのか、正式名称の違うキャンプ場に来た女性たち。

今度は仲間たちをゾロゾロ連れてきたらしい。


「どうしよう」


そう声をかけられたのは、炊事場で米を研ぎに行った帰り。

いつもなら無洗米を使う私が、産直市場で新米を見つけて購入したことで、炊事場に行っていたのだ。

そのまま管理棟に連れて行って、職員を交えてWの話を聞いた。

「いまどこ?」から始まったLによる会話は「今日はみんなで遊ぼうと思って、仲の良い子たちも連れてきた」に続き、「早くこっちのキャンプ場にきてよ」「川で遊んでいるから。私たち8人分のキャンプ飯、用意しといてよ」と続いていたのだ。

私と職員の意見は同じ「「Lから削除しろ」」。

キャンパーとしてのルールから逸脱しており、これもまた迷惑行為だと説明されてWは連絡先を削除。

そのSNSは(当時)ブロックにいれてから削除すると知らなかったWは、私と職員から教わりながら無事に削除。


詳しい個人情報は知られておらず、グループからも無事に抜けたのを確認した職員の行動は早かった。

周辺のキャンプ場に情報を拡散。

8人、ほぼ女性と思われる。

川で遊んでおり、キャンプに来たとは思えない様子。

(一緒に泊まるから自分たちのテントも準備するように、という文も届いていた)

それだけで、すぐに該当者たちが見つかった。

そこはフリーサイト専用のキャンプ場。

テントは4人から6人分で、間違いなく全員が寝るには狭いだろう。

駐車場にとめた車で車中泊すればいい?

残念ながら、キャンプ広場やキャンプ村というフリーサイトでは、車中泊を禁じているところもある。

夜通しエンジンをかけ続けるなどの騒音が原因だ。


スタッフが設営ができない様子だったから声をかけたものの、設営には別途お金がいると知って断られていた。


「キャンプに慣れた仲間がいるんだけど、どこにいるか分からないのよ。来たらやってもらうから、このままでいいわ」


バカである。

大バカである。

フリーサイトでは『テントを先に設営した側』に使用権が与えられる。

遊んだあとにテントを設営しようにも、場所はほとんど埋まっている。


「テントを置いていた!」と主張してもムダ。

置かれたテントから2メートルほど離せば、ルールを守ったことになるからだ。

本当にあとから設営するつもりなら、少なくとも使用したい広さのシートを敷くかテントを開いて置いておき、場所取り人員を配置しなければならなかった。


「で? 現在進行形で騒いでいるということ?」

「そうらしい。まあ、連絡先は削除したから何も言ってこないだろうし。すでに周囲には連絡が回ったから、このあとはどこのキャンプ場にも入れないだろうな」


拡散したらサクッと情報が手に入った。

その間、1分もない。


「私の悩みって……」

「1分もかからないで解決。大したことにならなくてよかった、よかった♪」


ソロキャンパーの彼女が、最初から突き放していれば起きなかったこと。

だいたいのソロキャンパーは毎食1人分自分の食べる量しか用意せず。

私みたいに連泊するにしても、一人前ずつしか準備していない。

ましてや、誰かひとりでも見ず知らずの人と相席する行為を許せば味を占めて、ほかのキャンパーにも押しかけて同じ迷惑行為をするようになる。

ただ、今回はほかのキャンパーに迷惑をかけなかったことで


職員からそのことを滔々と説明と注意をうけたWは、その日で車中泊ソロキャンパーから卒業した。

とは言っても、デイキャンパーとして日帰りキャンプを楽しんでいる。

翌年の同じ時期に近くの産直市場で再会して軽く立ち話をして聞いた。


「自分が良かれと思った行動が、本当はソロキャンパーとしてルールから外れたことだったって分かったの。ソロキャンパーは『自分の時間を大事にしたい』。私はひとりの時間より、誰かと共有する時間を選んでた」


最後に「ソロキャンパー失格ね」と笑ったWは、またオートキャンプ場に戻るだろう。

その頃にはきっと、『ひとりの時間が寂しい』と感じていた彼女は、恋人か同じ趣味をもつ誰かと一緒かもしれない。


…………リア充、もげろ

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