第9話

はじめてのキャンプのとき、タープ張りなどを自分でやっていたことから、周囲にはすぐにキャンパーとして認められた。


「悪かったな。観察するように見てて」

「たまにいるんだよ、『ねえ、誰か手伝って〜』って甘えた声をあげる奴」

「出来ねえなら来るなっつーんだ」


私はテントやタープを購入する際に使い方を確認して、一度組み立ててみる。

近所の公園で組み立てていると、間違っていると教えてくれる見学者もいる。

お店によっては駐車場の片隅を貸してくれて、お店の人が口頭で説明しながら自分で組み立てをさせてくれるところもある。

それをすると、例えば不足品があれば取り替えてくれたりする。

お店側も、あとで「あれがなかった!」「ここが破れてた」というクレームがくるよりマシらしい。


こちらでは、プロからその場で不足なものを指摘してもらい、追加購入して万全な体制でキャンプデビューが出来るというメリットがある。

デメリットは、キャンパーたちの経験から購入する道具が増えること。

タープを購入したのも、雨天時それも小雨のときに便利だと教わったからだ。


「タープとテント、テーブルやイスは新品を買え。あとは安くても買い替えがきくが、それらはちゃんとしたものでなければ事故になるぞ」


それもまた、先輩キャンパーたちのありがたい助言だった。

そのためキャンパーたちから事情を聞いても気にはならなかった。

彼らは「観察していた」と言ったけど、私という後輩を心配して見守ってくれていたのだから。


実際に私は自分の好きなように時間を過ごしていた。

火おこしにティッシュや枯れ草を敷いて松ぼっくりを入れると、マッチをポーンと投げ入れる。

このとき「マッチ1本、火事のもと〜♪」と言いながら投げ入れたのを聞かれていたそうで笑われたけど。

ちゃんと火がついたら杉の葉をかぶせ、火が大きくなってくると買ってきたたきぎを2本、✕の字に重ねて火を持続させていた。

数日前に雨が降ったことを知っていたため、たきぎ拾いができないと思っていた私は、自宅近くのホームセンターでたきぎと炭を購入した。

それを業務用ラップ(家庭用ラップの業務版)で梱包してもってきた。

中に乾燥剤をいれて。


「一応、湿度が高くて火がつかなかった場合も考えて……カセットコンロとUSBタイプのカップウォーマー。乾電池式充電器付き、交換用乾電池を添えて」

「それで初心者かよ」

「初心者だからこそ、あれこれと準備してきたんだよ」


彼らとは時々キャンプ場で会う。

軽く会釈するだけで、互いの時間を邪魔することはない。

それが最低限のマナーなのだ。



女性のキャンパーの方はハッキリ言ってタチが悪い。

同じ女性だからと言って無理に手伝わせようとするが寄ってくる。

しかし、テントの設営は管理棟が有料で請け負ってくれる。

それを理由に断っても粘着するようであれば、キャンパー専用の天下の宝刀まるなげ『管理棟に通報』で管理人を召喚。

これ一発で「お達者で〜。二度とんなよ〜」となり、静かな時間が戻ってくる。


ちょっと、やりすぎだと思う?

残念ながら、絡む連中は断っても粘着するよ?


はじめてなの、教えて。

ちょっと手伝ってもらえる?

いま暇でしょ? ちょっといい?

アレを忘れた、これを忘れた。

だから貸して?

ねえ、何をつくってるの?

美味しそうだね、少しちょうだい。

ねえ、ソロキャンパーに必要なものは何?

これってなんに使うの?

どうつかうの?

ねえ、それって何?

ちょっと使わせて?


これは私がいままで言われたセリフの一部、それも女性限定である。

男性の、隠せもしない下心丸出し発言ほど酷いものはないけどね。

キャンプ場でナンパする?

「アンタ、ヴァ〜カ〜?」と言いたいけどね。

馴れ馴れしく肩に腕を回してきたバカに「殺すぞ」と宣言。

大声で「いやぁぁぁっ! 助けてぇぇぇぇ!」と叫び、駆けつけたキャンパーや巡回の職員に守られながら「胸を触られた」と訴え。

実際に回した手が胸に当たったから、間違ったことは言っていない。

騒ぎを聞きつけて男の仲間が集まったけど、そのときには背びれに尾びれだけでなく翼もついたウワサが周辺を飛びまわって拡散していた。

そのうちのひとりが、実際に取り押さえられている姿を目の当たりにして大きく息を吐き出した。


「そちらの女性に、わいせつ行為をしただと?」


必死に「ちがう!」などと騒ぐけど、私に触れていたのは事実で目撃者多数。

そのせいで事実より大きくなったウワサだったけど、周囲の思い込みから重くなった罪。


結局、警察がきて男は引っ張っていかれた。

呼んだのは男の仲間のひとり。

会社の懇親会でバーベキューをしていたそうだ。

もちろん懇親会は中止。

私は警察にちゃんとを伝えた。

周囲の人たちは低空飛行で飛び回っていたウワサに餌を与えて肥やし、最終的に『嫌がる私を無理やり連れて行こうとした』という誘拐未遂事件にまで発展させてくれちゃった。


そこには、男が警察官に自供した訴えた「彼女のテントでをするつもりで場所を聞いていただけだ」がウワサに華を添えてしまった。

(もっと露骨な表現で、周囲がというより会社の人たちが激怒し、懇親会の責任者がグーでぶん殴った)


弁護士(こちらの代理人)を仲介したその事件は、ほかにも同様な事件を起こした事実が判明して5年の実刑、執行猶予なし。

本人は「ナンパのつもりだった」ことと「誰からも文句を言われなかった」ことが、事件を繰り返していた一番の理由。

悪びれる様子もなく「今回は運が悪かっただけ」と口にしたことで、裁判官の心証が悪くなったそうだ。


のちに会社側から直筆の手紙が弁護士経由で届いた。

手紙には謝罪文と共に会社側の処罰が書かれていた。

解雇すると私に恨みが向けられる可能性があるというため、出所後は海外の会社へ出向(という名の左遷)。

立場は工場長補佐。

男は経営者の血筋という理由から、「完全に排除できないため苦肉の策」(弁護士・談)らしい。

ただ、この工場長というのが、キャンプ場で男の顔をぶん殴った責任(傷害事件で書類送検)を取らされて左遷になった懇親会の幹事長。

同じくおおやけになった過去の事件の責任を取らされた、当時の懇親会の幹事長たちもそこで働いているそうだ。

そこに『自分たちの左遷の原因』となった男が自分たちより下の立場で送り届けられればどうなるか。

…………火を見るより明らかだろう。


慰謝料はちゃんともらった。

弁護士代は相手の会社から上乗せしてもらい、総額30万円ほど。

……車中泊セットが少し充実しました♪

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