第8話



連休のキャンプ場で起こるトラブルでは、自分勝手な押し付けが多い。

「一緒に楽しめばいいじゃん」というのだ。

楽しいのは自分たちであって、巻き込まれた側は迷惑以外のなにものでもないたまったもんじゃない


たきぎにはナタをつかう。

それを「やってみたい」と言い出したり、勝手に触ろうと手を伸ばしたりされたら……「テメエら、いい加減にしろよ?」と確実に目が据わるのも当然というもの。

ナタでも包丁でも手にした状態でそのセリフを言ってみ?

一瞬で「刃物を手に殺そうとした」と騒ぎになる。

周囲のキャンパーは「「「はあ? なに言ってんだ、お前?」」」の状況。

騒ぎに気付いた私も、話を聞いて同様の感想をもった。

しかしキャンプに無知な奴がいたら、管理棟を吹っ飛ばして警察沙汰に発展させる。


この騒ぎに巻き込まれてパトカーが来た話は、いまでも顔見知りの間では笑い話である。



「お巡りさんっ、この人です! この人が……」

「刃物を持ってるんです! はやく捕まえてください‼︎」


駆けつけた警察官に、『自分たちが正義』という表情で訴える女性たち。

このときは3人だった。

主に騒いでいるのは2人で、1人は「ちょっと、落ち着いて」と止めていた。


「キャンプ場にナタを持ってくるのは当然だが?」

「……へ?」

「包丁やサバイバルナイフを持ってくるのも当然だ」

「でもっ!」


警察官たちは必死に食らいつこうとする2人を無視して、残りの1人に話を聞くことにしたようだ。


「ところで、こちらの彼とは知り合いか?」

「……いえ」

「じゃあ、キャンパー仲間?」

「……違います」

「じゃあ、関係ない人に絡まれた上に因縁つけられただけか」


「気の毒に」とキャンパーを同情する警察官。

「変な連中に絡まれちまったな」と仲間を同情するキャンパーたち。


味方だと思った警察官が味方ではなく、自分たちの知らない常識を突きつけられただけ。

それを知ったところで、「自分は正しい」と信じ込んでいる連中が大人しくなるはずがない。


「なあ。お前らが小学校の頃って、林間学校とか行かなかった?」


いつまでも騒がしくして引かない女性たちに声をかけた。

同じ女性だから味方、だと思ったのか?

今度は私に笑顔を向ける。

私とは何度か顔を合わせているキャンパーたちから「コイツら、バ〜カ〜」という声と白い目を向けられても気付かない。


「あるわよ」

「そのとき、何つくった?」

「え……? カレーライスだけど……?」

「そのとき包丁やまな板、フルーツナイフなど使わなかったの?」

「そりゃあ、飯盒炊爨はんごうすいさんで使ったけど……」


とたんに周囲がいっせいに噴き出すような笑い。

「バッカでぇ〜」と声に出して笑う人もいる。

ずっと2人を止めていた1人がボソッと「キャンプで料理するから包丁を持って来ててもおかしくないよ」と呟いた。

その言葉に、さらに「いまさらか」という含みを持って嘲笑うキャンパーも現れた。


「私はたきぎを砕くのにナタを使う。火をつけるマッチやライターだって、油だって持ち歩いてる」


私の言葉に首肯するキャンパーたち。

中にはおちゃらける連中もいた。


「うわー。こいつらの常識だと、オレたちって放火犯にされるのか?」

「押し込み強盗の後に放火する気だって?」

「お巡りさーん。俺たちこんな顔してるけど、犯罪を犯せるほど肝っ玉は太くありませーん」


警察官に訴える、ちょっと厳つい顔のキャンパーたち。

拝むように、両手を前で組むキャンパーもいる。

その様子を笑っている警察官たちも慣れたものだ。


「アンタらの言ってることは、『キャンプしたけりゃ火を使うな。料理もするな。キャンプ自体するな』って言ってるようなもんなんだよ。ウチらの楽しみを否定しないでくれる? だいたい、キャンプ場に来てて『キャンプをするな』はないわー」


私の言葉にほぼ全員が頷く。

その中には警察官たちも含まれる。

だって、私たちキャンパーを全否定されたんだからね。


「嫌ならんじゃねえよ」という声が聞こえた。

それをきっかけに、彼女たちは男漁りにきた、などという声まで出てきた。

それには警察沙汰にされた男性キャンパーが肯定した。


「コイツらの格好見ろよ。これで『一緒にキャンプしましょう』って……翌朝あした、死体が3体も転がってるじゃないか」


ここ数日は、日中は半袖か七分袖で過ごせる暖かさだったけど、朝晩は一気に気温が下がる。

そんな日に、騒いだ2人は半袖や袖なしスリーブレスのトップスと薄手のカーディガンという姿。

下はヒラヒラのスカートにサンダルというよそおい。

そこだけが『オシャレな観光地に遊びにきました〜』という状態。

「男の目を意識した格好」と言われたら「そのとおり」と納得でき、キャンプに不向きな姿である。

大人しい1人はシンプルな長袖とジーパンという服装にスニーカーで、キャンプやバーベキューに来たことがあると分かる。


「あの2人、バーベキューでも不向きだよね」

「どーせ、全部男にやらせるんだろ」


私の呟きに、近くのキャンパーが唾棄する。

キャンプ場ではジーパンとスニーカーが推奨される。

足を守るためもあるけど、ジーパンや藍の布製品は虫よけの効果もある。

手足から頭に虫よけスプレー、腰に携帯用の虫よけ。

もちろん、虫さされの薬も必須。

オシャレ着など一番似合わない、それがキャンプ場だ。


「皆さん、うちの者がご迷惑をおかけしてすみません」


そう声をかけてきた男性に騒いでいた2人が驚き「なんであなたがここにいるのよ!」と声を荒げた。

話の内容や警察官への説明から、どうやら1人が妻で、もう1人は妻の友人。

そしてシンプルな装いの彼女は男性の妹。

その妹がキャンプに行くと知った妻が「私も連れて行け」となり、「私も行ってみたい」と無理矢理押しかけてきたらしい。


「私がテントを張っている間に『ちょっと回ってくる』と言っていなくなって……」

「テントを張る手伝いもしないで?」

「……はい」


さすがに4人用のテントを1人では張れないため、管理棟へ設営依頼ヘルプに向かう途中で騒ぎを聞きつけて「ひとりでは無理だと判断して兄に連絡しました」とのこと。

それが警察に電話していたなどと知らず、パトカーが来たときに事態の大きさに気づいたそうだ。

兄妹で頭を下げ、不貞腐れて謝罪しない2人を連れてキャンプ場から退出。

一応騒ぎを起こしたことで、2人は警察署でお説教の後に身元引受人を呼んで解放する、と被害を受けたキャンパーに説明していた。

「夫に知られたら叱られる!」と騒いでいた友人女性。

必死に「呼ばないで!」と訴えていたけど……

何度目かの嫁姑戦争が勃発するらしい。

「それはそれは。見たかったね〜」という言葉で、この笑い話は必ず締めくくられる。

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