第6話 彼女の初恋
気が遠くなるほどの長い年月のせいで山の正体、すなわちその
真霊山の正体は地面に突き刺さった剣の破片、かつて天地を裂いた無名の剣の破片である。今となってそれを憶えているのはこの山に住まう彼女だけ。
伏龍と百砂は
「伏龍、この辺で合ってる?」
「ごめんちゃんと覚えてない、あの時のことは夢だと思ってたから細部とか忘れちゃってるんだ」
「どうする?聖剣呼んで空飛ぶ?上から見たらわかるかもしれない」
「いや、確か
面倒だが伏龍の言うことには一理ある。
武器に触れると燃える呪いを与えた張本人だ、最悪聖剣を使った瞬間殺されるかもしれない。
仕方ないここまで来たら最後まで付き合う、と百砂は静かに覚悟を決めて一歩を踏み出した次の瞬間、彼女は突如前に歩く伏龍の腕を掴んで止める。
「待って!……はぁはぁ……」
伏龍が後ろに振り向くと、百砂はもうすでに胸の苦しみに耐えきれず膝が地面についていた。顔からは血の気が引いて、文字通り顔面蒼白の状態になってしまった。
「ど、どうしたの!?百砂大丈夫?」
「い……いきが……できな」
百砂は地面に横たわり両手で喉を抑える。原因不明の呼吸困難で自分の状態を伝えることもまともにできない。
慌てる伏龍の背後からどこか懐かしい声が伝わってくる。振り向くと彼女は両目を赤く光らせて百砂を見つめていた。
「二年も会いに来ないと思ったら恥も知らずに女を連れてくるとはな」
「!……麒麟」
「我が夫の好みに合わないせいだと思って行きたくもない街に赴き、密かに人の子を観察しては「お洒落」なるものを学習していたというのに……あなたって人は……」
背後にいる彼女は2年前と変わらずに恐ろしくも整った美貌を持ち、記憶の中の彼女との違いが無さすぎて、伏龍は一瞬本当に2年間も経過したのかと疑った。
彼女の言う通り2年前の野生的な格好と異なって、今度は現世に沿った可愛らしい衣服を着込んでいる。
「百砂が苦しんでるのは麒麟の仕業ですか? おやめください!」
「……なぜ庇う?同じ人の子だから?」
「はい! 僕の大切な友人だからです!」
「ふーん。友人、なら良いだろう」
友人という言葉に安心したのか、麒麟の目から光が消えるのと同時に百砂の不調も治った。
「
「あなたですね、二年前は伏龍を助けてくださったありがとうございました……それはそれとしてアタシは帰りませんから」
「ムッ……我が夫よ、彼女を追い返すように」
「ご、ごめんなさい!それはできません……というか追い返す力ないというか」
相手はおそらく神獣、人よりも上位の存在。
前世で徳を積んだ者のみが神獣の姿を目にすることができる、そんな高貴な存在である麒麟から同行人を追い返すと言われた。
そうしたくても武器を持てない伏龍じゃどうしようもない。
「というか、僕たちいつ結婚したことになってるんですか?」
「??……だって人の子は慕った相手と契り交わすことを結婚と呼ぶ、ならば私たちはまさに結婚にふさわしい行為を行ったのでは?」
「そんな単純なことじゃありません!人間の社会の結婚はもっと複雑です!」
「へ?我が夫、そうなのか?」
「あのですね!今回ここまで来た理由は、あなたに呪いを解いてほしいんです」
「お願いします!僕は白虎国の王位に継がなければいけないんです……そのためには白虎剣を鞘から抜かなきゃいけない」
二人の言葉に麒麟は困惑した。
姿こそ成人した女性そのものだが、困り顔からは隠しきれないほどの幼さが滲み出ており、伏龍は何となく 彼女実は思ったより幼いのでは? と思うようになった。
「白虎国なのになぜ朱雀の小娘なんかの武器を使う? というか呪いとは何だ、失礼な……そもそも人の
「どうにか解除したりするのはできませんか?」
「そ、そこまでして契りを断ちたいというのか……あの日、あなたから初めてもらった言葉は嘘だったのか?」
「うそでは」
「ええ、ウソです!彼は意識が曖昧だったんだから、きちんとした判断なんてできるわけないでしょ!伏龍は武器を使わなきゃいけないんです、早く解いてください!」
「……そう。ウソ……だったんだ」
よほど衝撃的だったのか、麒麟は左右に目線を泳がせるという神獣らしからぬ表情を見せてしまう。
動揺と悲しみを隠すように目に蒼い光を宿らせては伏龍を見つめる。
「契りの全てを破棄すると私と伏龍は同時に命を落とすので、武器に触れられるように契りの半分だけ破棄する」
契りの破棄を宣言すると麒麟の目の光は輝きを増し、やがて辺りの全てを包み込む。眩しさに耐えきれず伏龍と百砂はまぶたを閉じる。
「さよなら、人の子よ……もう二度会いに来ないように」
再び目を開くと、そこにいたはずの麒麟の姿はなく何処かに消えてしまった。彼女が立っていた場所の草花は生い茂っており、その根元には大量の鮮血で赤く染まっていた。
百砂は立ち尽くす伏龍に剣を握らせてみたが、発火することはなかった。
炎棘は消えた。
「やった、今すぐ帰りましょ!これで伏龍は王位継承できるわ!!」
「……」
「ねぇ!嬉しくないの?」
「……わからない」
百砂に引っ張られて歩く伏龍は何気なく自分の耳を触る。
返し忘れた耳飾りとそれをくれた美しい獣のことがいつまでも頭から離れない。
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