第7話 消えた棘、輝く白虎

 武器に触れると体が燃える呪い、炎棘えんきょく

 真霊しんれい山で呪いを解いてもらった伏龍フロンたちは急いで戻るべく、百砂バイサ風羽ふぉん ゆ剣で風に流される羽根のように王宮方角に向かって飛んでいた。

 

「伏龍、麒麟キリンの言ってたことが気になるんだけど。白虎剣って白虎が残した遺物だと思ってたけど、どうやら違ったみたい……って聞いてるの?」


「……え? あ、ごめん」


「何? アイツのことまだ気になってるわけ? さっさと忘れなさいよ、あなたはこれから王位を継承するのよ」


「そ……そうだね、ごめん。ただ……あの目、すごく悲しんでたから」


 自分は悪いことをしてないはず、百砂はそう思い込もうとするが心に刺さったトゲが取れない。だがそれも今だけ、王宮に戻って王位継承で忙しくなれば伏龍はきっとあの女を忘れる。


 幼い頃、初めて聖剣を握った時。

 王とは何か。百砂は母にそう問いかけたことがある。

 「善悪を超越した存在。全てを国に捧げる人、国の全てを掌握する者」と母はそう答えた。王様は人間ではない、王という種族の生き物である故、煩悩も愛憎も不要。


「白虎って本っ当お人好しね、そういうとこ昔から嫌い」


「……」


「ほら、王宮が見えてき、た……! 伏龍!!」


 高度上げて城壁を越えると、信じられない光景が二人の目に映り込んだ。

 

 白虎王宮とその周辺が燃え上がっている。

 火事の熱風は空中にいる二人の頬を火照り、戦の悲鳴は二人の冷静さを蝕む。

 白虎は何者かによって攻め込まれており、抵抗する白虎兵の屠る兵士に見覚えがあった。


 黒蛇国との兵士。

 二国の兵士が力合わせて白虎国の人間を殺しまわっている。


「な、なんでウチの兵士が戦ってるの……」


「どういうこと!? 百砂?」


「わからない! こ、こんなの母上から聞いてない!」


「とにかく早く王宮に向かおう! 父上と母上が危ない!」


「わかった! 風羽剣持ってて、雷電呼ぶから」


 背にいる伏龍に飛ぶための風羽剣を渡すと、百砂は子狼との戦闘のように雷電を呼び出す。

 2本の聖剣を手にした途端、二人の全身に紫電が巡り矢の如く速さかつ一直線で王宮に向かう。

 

 王宮内部にもうほとんど白虎の生き残りは居ない、二人が着地した瞬間建物と肉の焦げた死臭が鼻腔を刺激する。

 百砂はともかく、戦場を経験したことない伏龍は抑えきれずに吐き出してしまう。王になるべくして生まれた人間、二人とも覚悟を決めてたつもりだが、いざ実物の戦場を目の前に叩きつけられたらそんなちっぽけな覚悟も塵のように消え失せてしまう。


「うっ、伏龍あなたはここで待ってなさい、アタシ様子見てくるわ」


「いや! 大丈夫、僕もついてく!」


 二人は炎と崩れる建物を避けつづ、爆発音と金属音のする方向に向かった。

 移動してすぐ伏龍は音の発生場所を察した。


 謁見の間。


 現役で白虎剣を使える人間は父の白虎王しかいない、それなのに謁見の間から出られずにいるということは相当な実力者に追い込まれているということ。

 そんな父を追い込める人間、伏龍の知る限り一人しかいない。百砂も何となく予想できてしまったせいか、移動中は一度も伏龍を見ることができなかった。


「父上! 伏龍が戻りました、無事ですか!?……え」


「あら、おかえりなさい。少し遅かったわね」


 普段と変わらない優しい声色で伏龍に声をかける朱雀女王。

 彼女の掲げる掌が指す方向に視線を向けると、そこには二人の無惨な姿があった。


 玉座で絶命した父とその後ろの壁に張り付けられた母、遺体に突き刺さる大量の聖剣と聖槍が犯人の正体を物語っている。

 伏龍は痛いことも血も死体も大の苦手だが、それでも父と母のもとに駆け寄らずにはいられなかった


「は、は母上? どういうこと? これ……」


「あなたも知ってるでしょ、伏龍の炎棘のこと。白虎国は強さがあったからこそ交流をしてきた……私たちはやっぱり親子ね」


「何を、言ってるの?」


「あなたが雑魚を嫌うように、お母さんも同じなの。雑魚なんだから何をされても仕方ない。百殺様がそうやって建国したように、朱雀は今も百殺して生きていくの」


 朱雀女王は手に焔を宿して一振りすると炎は火花となって落ちる、手に残った細く今にも折れそうな剣を愛娘に手渡す。

 震える百砂の小さい手を握り、耳元で命令を囁く。


「王位継承権の試験をするわ。この剣、ずっと握りたかったよね」


ほん剣、朱雀の羽根で作られた神剣」


「ええ、朱雀王にしか使えない全てを焼き尽くす剣……それで伏龍を殺しなさい」


「え」


 母からの命令に動揺して剣を床に落とす。

 朱雀は武具製造の大国、百砂は昔から武器を雑に扱うとひどく怒られていた。

 しかし、今回はそんなことなかった。母は優しさを崩さずに剣を拾い上げて再び愛娘に手渡す。


「紅百砂、王とは?」


「「善悪を超越した存在。全てを国に捧げる人、国の全てを掌握する者」」


「わかってるでしょ?朱雀のためには何をすべきか」


「ふ、伏龍を……こ、ころ」

「そうはさせない!!」


 少女の堕ちかけた心を掬い上げる叫び。


「白虎国は僕が護る! 新しい白虎国王の白伏龍が相手だ!!」


 先代白虎王の亡骸からこの国に伝わる聖剣を拾い上げて、左手に鞘、右手には白虎の輝きを持つ王の少年は高々と宣言した。

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