第5話 野菜炒め、お金と赤馬

 楊子狼ヨウ シロウの来訪の翌日、伏龍フロンはかつて父と共に鷹狩りをした真霊山しんれいざんへ向かう許可を得た。

 お気に入りの赤馬の上で手綱を握る百砂バイサの背にしがみつく伏龍はひどく不満げだ。


「なんで百砂は女王様と一緒に帰らなかったの?真霊山近場なんだから一人で行けるよ!」


「文句言わないの! 黒蛇の王子が王宮まで来てるのよ、きっと白虎国の近くにまだ黒蛇国の兵隊がいるに決まってる。私が付いてこなくても何十人もの衛兵が同行してたはずだよ」


「……きっとしてくれないよ」


「あ……安心して、母上と離れてしまったから呼べる聖剣の数大幅に減っちゃったけど、余程なことが起きない限り安全は約束できるわ。そんなことより、私の腰にある剣に触れないように気をつけてよね! 私まで火だるまになっちゃうんだからね」


「はーい」


 百砂の語る黒蛇国への警戒という理由は偽りではないが、完全なる本音でもない。

 本当の目的は別にある。


 そう、彼女はただ伏龍と約会やっかいをしたいだけ。(約会…デート)


 最初はその麒麟キリンと名乗る獣に会えたら自分の手で殺してやろうとも考えた。彼女は高尚な聖人ではないが、嫉妬に身を委ねて礼儀を捨てるほどの安い人間でもない。


「(ムカつくけど、曲がるなりに伏龍の命を助けた恩義がある……ムカつくけどお礼はきちんと伝えなきゃ! ムカつくけど)」


 真霊山へ向かうにはふもとの手前にある小さい農村を通らなければいけない。二人がこの鷹家インジャ村に入ったのはちょうど正午の時刻。山に入る前、先にこの貧しい村の唯一の飯店で食事を摂ることにした。

 大抵の王族は平民の食事を嫌うが、二人はまだ幼いということもあってそれほど抵抗感を感じることはなかった。


 地元の客の邪魔にならないように、二人は店外に設置された四人席に座った。

 

「いらっしゃい! お客さん、お茶だよ。この辺で見ない、かお?……あぁあ!!」


 王族であることがバレないように地味で安い服を選んだが、それでも滲み出る高貴さを完全に消すことができなかった。

 今回は不運なことに伏龍の顔まで知られていた。


「も、ももしかして……」

「シーー! お忍びで来てるんです!」


「は、はい! ってことはこちらの女性のお客様も……(王族の方ですか?)」


「いい? あなたはただの小二シャオア、私たちはただの客。注文を取ることだけ考えなさい」(小二…飲食店の接客担当の呼び名)


「はっ! もちろんお代頂けませんので、ご注文はどうしますか?」


 伏龍はこの村の貧しさを知っている、だから店員の言葉を聞いて荷物から金の通貨を取り出して彼に渡した。

 その金貨があれば、この店の料理を全種類注文してもお釣りが出る。


「この店で一番オススメの美味しい料理を二人分お願いします」

「だめです! こんな大金受け取れませんよ!」


「いいんです! 白虎国を今日まで支えてきたのはみんなのおかげなんです、この国の民はみんな兄弟みたいなもの。だから、お金のことは気にせずに美味しい料理をお願いしますね」


「勿体なきお言葉を……わかりました、少しお待ちください!今すぐ料理持ってきます」


「あなたの国の民はあなたと似てお人好しね、ウチは暑苦しいのばっかで疲れるわ」


 こんな性格じゃ戦乱の時代で生きていけない、ため息吐く百砂も優しく微笑む伏龍もわかっている。

 現実を見て生きなければいけないことは事実だが、夢も語れない現実じゃただ息苦しいだけ。もし自分に国を守る力が無ければ、せめて民が安心して暮らせる環境を作りたい。

 それが王子である自分の持つ責任であると、伏龍はそう理解してる。


 

 

 運ばれた料理を食べ始めてすぐ、一人流浪者の老人が倒れ込むように伏龍たちの四人席に座る。

 流浪者の着る服は小さいぼろ布を何枚も縫い合わせたボロいもの。多少は体を洗ったりしてるようなのでそこまで臭くはないが、問題はめまいを起こすほどの酒の匂い。


「アンタ、何?相席する気ないんですけど」


「なぁなあ〜オレ金無くてもうひと月はメシ食ってねぇんだ、何か余ったら食わしてくれねぇか?」


「ご飯よりお酒を優先するからでしょ」


「そうなんですか、辛かったでしょ!少し食べてしまったのですが、僕の分食べちゃってください」


「本気?ウソに決まってるじゃない」


「お嬢ちゃん、なんでぇそんなこと言うんだよぉ!ひと月食ってないのは本当だぜ」


「まあまあ、例え嘘でも構いませんよ。ここで会ったのも何かの縁、一緒に食べましょう!……小二、料理もう一品お願いします」


「いいね!お兄さん若いけどわかってんね!気に入ったわ」


「コイツら……バカね」


 流浪者は譲られた豚肉と野菜の炒め物を珍しい方法で食べる。

 右手で箸を使って上手く炒め物を挟みながら、左手でそのままご飯を握って食べる。両手が別々の意思を持つような動きで食べるが、側から見たら下品そのものである。

 

 彼のような流浪者と物乞いは決して珍しい存在ではない。

 国の頂点である王が存在するということは、それを支える幾千万の民がいる。誰もかれも平等で幸せに暮らせるなら理想だが、現実はそう人に優しくない。


 流浪者の態度は図々しいことこの上ないが、料理を食べ終えた彼はさらに図々しい要求を思いつく。


「いやぁ〜生き返ったわ〜お兄さん気に入ってるからウチ明かすけど、あのさ……お金貸してくんね?」


「はい、いいですよ」

「ちょっと待て!」


 百砂はすかさず財布に手を伸ばす伏龍を止める。

 ご飯ぐらいなら構わないが、今度はお金まで要求してくるなんて常識知らずにもほどがある。


「何のつもり?ウチの同行人が騙されやすいからって調子に乗ってんじゃないわよ」


「いや〜騙すだなんて大袈裟な。ここに来る途中でさ、スリに遭遇しちゃって有り金全部盗られちゃったんだよ!信じてくれよ、こんな状態でどうやって帰れってんだよ……な?」


「な?…じゃないわ、そんなの信じられるわけないでしょうが」


「百砂、いいんだ。嘘かもしれないけど、本当に困ってる可能性だってあるんだ。誰かを助けられるかもしれない、それで充分だよ」


 99人の嘘つきと1人の弱者がいる場合、1人の弱者を助けられるなら伏龍は99人の嘘つきに騙されても構わない。

 彼はそういう風に即答できる善の少年、2年前瀕死になった時から少しも変わってない。

 

 百砂は自分が止めても無駄だと知ると、掴んでいた伏龍の手を離す。


「もう……好きにしなさい」


「おぉーー!ありがでぇ〜……あ、忘れてた!オレ足ひねったから歩いて帰れねんだ!お兄さんの馬も貸してくれない?」


「もういい!今すぐここで首跳ねてやるわ!」


「落ち着いて!百砂!僕たちは歩いて帰れる距離だから貸してあげよう、ね……おじさん、僕の赤馬は帰り道覚えてるので家に着いたら四回叩いてください、あの子自分で帰ってくるので」


「おうよ!お兄さんホント良い人だね、やっぱ白虎の人って親切よな。この恩は一生忘れないぜ、いつかオレが助けてやるな!」


 流浪者はもらった料理で満腹になった上にもらった大金を持って、もらった馬に乗って高笑いしながら村から去って行った。


「伏龍さ……結婚したら財布は私が管理するから」

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