第4話 百殺

 十五。

 それは黒蛇国で生まれた王子・楊子狼ヨウ シロウの年齢を指し示す数字ではない、彼が最前線で戦い続けた年数である。


 戦いの秘訣はいつだって先手必勝。

 今までの経験で導き出された戦法に従い、子狼は斬豹ざんひょう剣を抜きながら間合いを詰める。

 相手は意中の少女だが、朱雀出身という肩書きの時点で油断をしてはいけない。

 

 百砂バイサの構えを取らない姿勢に困惑しつづも、子狼は一撃目から殺傷力の高い突きを繰り出した。

 子狼の持つ斬豹ざんひょう剣は時間が経過するごとに使い手の速さを上昇させる名剣、最終的には名前の通り走る豹ですら斬り殺せるようになる。

 体力を消耗せずとも戦えば戦うほど加速する子狼は戦場で無双の強さを誇る。


 しかし百砂は子狼の突きに怯むことなく、突きの速さに合わせて鉄剣で軸を逸らして受け流す。そしてすかさず子狼の脇腹を蹴って距離取る。

 

「そんなもん?」


「こちらの台詞ですよ。そのナマクラでいつまで戦えますか?聖剣見せてくれるんでしょ」


「殺す気で来ないと見れないかもね」


「殺す気で行けませんよ。殺しちゃったら誰が俺と結婚するんですか」


 百砂の持つ鉄剣は実戦練習用に重さ調整した品物、切れ味は鈍いので剣というより強度の低い鈍器に近い。

 対して斬豹剣は岩も鉄をも砕く名剣、受け流されたとはいえそれでも相当な衝撃は残ってしまう。現に百砂の剣はヒビが入っており、次の攻撃で間違いなく刀身は砕けてしまうだろう。


 斬豹剣から伝わる力を感じながら、先よりもさらに速くなった子狼は百砂の目の前に残像を作って背後に回り込む。

 それを見透かすように百砂も素早く振り向いて斬撃を防ぐ。


「そんな剣で受け止められるわけないだろ!」


 子狼の言う通り鉄剣は衝撃に耐えきれず砕け散る。


「やっとね」


 折れた剣の柄を捨てた次の瞬間、百砂の手から雷音が轟く。ほとばしる紫電が手の中で剣に形成する。


「『雷電らいでん』。私の聖剣は変わった性格をしててね、戦闘中に手持ち無沙汰にならないと飛んで来ないんだよね」


「なんだそれ……やっと本気が見れるってことか」


「フフ、どっちが速いと思う?」


 発した言葉が相手の耳に届くのと同時、百砂も子狼の背後に回り込んで斬りかかる。


「雷と豹」


「はやッ!?」


 百砂の攻撃をとっさに受け止めきれず、右手に一撃を受けてしまう。赤く染まる袖に焦った子狼は慌てて距離を取る。

 死体や重傷人を毎日のように見てきたが、いつまで経っても自分の出血は慣れることができない。

 斬豹剣で加速できるとはいえ、さすがに限度はある。しかも百砂と違って子狼は真面目に結婚を狙ってるので、本気で彼女を傷つけるつもりはない。


「楊王子、聖剣が見たいんだよね?」


「正直言ってもうお腹いっぱいかな」


「謙虚ね……2


「え……2本目、以降?」


 百砂は雷電を地面に突き刺し、戦闘態勢をやめて柄で頬杖して観戦に入る。

 その可愛らしい仕草を見て、子狼は何となく理由を理解する。

 子狼は直ちに外に目を向けた……いいえ、外ではなくに目を向けたのだ。


 すると、予想が的中したのか朱雀国方角の空から数えきれない数の剣が子狼に向かって飛んできてる。

 よく見ると、その一本一本の剣はそれぞれ『雷電』に相当する神聖な光を帯びている。


「まさか!?あれ……」


「ええ、飛んで来てる九十九本の剣、全部アタシの聖剣だよ」


「なんだと!?」


 それぞれ異なる能力を持つ聖剣らは百砂を護るように、彼女の周辺で滑空しながら待機する。

 速さを極限まで高める『雷電』のように、百本の聖剣はそれぞれの能力に特化してる。

 朱雀の焔による恩恵と国力を余すことなく運用する百砂は、加速と重撃による近距離戦だけでなく瞬間移動と剣圧による長距離戦といった伝説級の戦いを一人で行える。


 今の彼女は文字通り指を鳴らすだけでいつでも子狼を殺せる。

 勝敗は明らか。


「ありえない……一人の人間がこんなにたくさんの聖剣を扱えるなんてありえない! 聖剣は元の持ち主を殺さないと所有できないのに」


「初代朱雀の女王は百殺バイサと呼ばれていた。文字通り百国の王を殺して聖剣を手に入れた、その後王無き領土をまとめた国が朱雀……だからこの子たちは朱雀国そのものと言っても過言ではない」


 百砂は全ての剣先を戦意喪失した黒蛇王子に向けて質問する。


「また戦う?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る