第3話 黒蛇襲来

 2年前の鷹狩りで手に入れた耳飾りを小物入れから取り出す。

 とにかくあの美しい獣にもう一度会いたい一心で、伏龍フロンは陽が沈みかけていることも、先から王宮が妙に騒がしいことにも気付かなかった。


 父のいる謁見の間に近づくと、外の広間には見覚えのない兵士が数十人も待機している。

 彼らの正体を知るべく、謁見の間の衛兵に話しかけることにした。


「ね、あの人たちは?」


「ハッ! 伏龍様、実は……先ほど黒蛇こくじゃ国の王子が訪ねてきたんです」


 黒蛇こくじゃの国。

 名前からして陰に隠れる狡猾な印象を持たれやすいが、国の実態は真逆である。

 彼らは特定の国土を持たない、遊牧で拠点を移動させては近くの国に戦争を仕掛ける。そして、勝利の暁には街の大部分の財産と女性を奪い取る悪名高い国。朱雀国に続いて数多くの英雄と極悪人を排出してる戦闘民族。

 そんな武闘派の王子がわざわざ白虎国にやってきた理由はなんだろうか。


 力こそないが度胸だけは持て余してる伏龍は、一切迷うことなく謁見の間に足を踏み入れた。

 いざという時は囮程度しか役に立てないかもしれないが、それでも王子である自分には国を守る責任がある。




「偉大なる白虎の王よ、噂が小耳に挟んだのですが……ご子息様、あの有名な聖剣である白虎剣を触れなかったそうですね? おや、ウワサをすれば何とやら。ご本人がやってくるとは」


 謁見の間にいる黒蛇国の人間は王子一人のみ、護衛を連れてこないあたり自身の実力に相当な自信を持っているみたい。


「何のつもりですか、黒蛇の王子」


楊子狼ヨウ シロウ、呼び方は何でも構いません」


「そうですか。名前呼ぶつもりないので今すぐお帰りください」


「伏龍、控えなさい。今はまだ客人だ、失礼な態度を取らないように」


 どうやら父の白虎王は朱雀女王と会談中のようで、玉座の横の客人席で朱雀女王と泣き止んだ百砂が静かにこちらを見守ってる。

 朱雀女王を直接見る機会はそこそこ多いが、言葉を交わした回数は片手で数えられるほど少ない。性格をよく知らないので、伏龍からしたら20年後の百砂という印象しかない。


「朱雀女王親子も揃っているようですね、ちょうどいい。実は私以前から百砂公主に一目惚れをしておりまして、いつかお会いしたら求婚するつもりでした」

「そ、そんなこと! 許すわけないでしょ!」


 子狼シロウは背中の剣を鞘に収めた状態で手に取って、目にも留まらない速さで伏龍の顔を指して挑発する。飄々とした態度の裏には歳十五と思えないほどの殺意が込められている。


「王様お二人と話してるんだ……嫌なら白虎剣せいけんでも抜いて俺を斬れば? 言い伝えによれば使い手は一振りで山を切り崩せるらしいじゃないか」


「ぐっ!……」


 武器を持てない自分が情けなくて顔を上げられない。

 きっと今父上は軽蔑した目で自分を見てるに違いない、あまりの悔しさに涙が溢れて来そう。


「へぇ〜面白そうな子ね。お母さんは結構気に入ったけれど、百砂ちゃんはどう?」


「母上、冗談はおやめ下さい。アタシは雑魚に興味ないの」


「ざ、雑魚!?……この俺が雑魚だって言うのか、面白い! 公主こうしゅ、今この場で比武びうしてみませんか?」(比武…武術の試合、手合わせ)


 これを待ってましたと言わんばかりに、百砂は両名の王からの許可を待たずして客人の席を降りる。伏龍の見慣れた軽やかな歩法で子狼の前まで移動する。


「本当に雑魚かどうか、お見せしてやりますよ」

 

「あっそう……黒蛇国の王子様ですもの、手加減しちゃうと失礼ですよね」


「こちとらほぼ毎日兵士を斬り殺してるんだ、遠慮しなくていいですよ」


「じゃあお言葉に甘えて見せてあげるわ……私の聖剣で死んでも知りませんから」


 そう話す百砂が持っているのは、切れ味がないに等しい練習用の鉄剣である。

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