第2話 百砂公主

「ねっ、ね、百砂バイサ麒麟キリンって名前知ってる?」


「だーかーら! 百砂バイサ 公主こうしゅ(王女、姫を意味する)か百砂バイサ様って呼びなさいよ! もうあなたは王位継承者を半分降ろされたようなもの、アタシのほうが立場も年も上なんだから。アタシはよくてもそうは思わない臣下もいるのよ」


 朱雀すざく国の第一王女である紅百砂ホン バイサは槍の型を一人で練習しながら、失礼な呼び方をする伏龍への説教も器用にこなす。

 将来の女王の器である百砂は相手が誰であろうと態度を変えることはない。重要なのは相手の内面が尊敬できるかどうか、年齢なんて飾りに過ぎない。


 朱雀と白虎。

 両国は長年交流を続けてきた歴史があり、母の付き添いで百砂はよく白虎王宮に遊びに来る。

 百砂は練習した武術を見せる、伏龍はそれを眺めて雑談する。いつもと同じ過ごし方なのに、今日の百砂はなぜか異様に機嫌が悪い。


「ハッ!……伏龍はもっと根性を見せなさいよ!あなたが王位継承できなければ困るんだけど」


「えぇ〜そんなこと言われても……ん?百砂は別に何も困らないと思うけど?」


「アタシたちの婚礼はど、あ、いや! そうだわね、よく考えたら別に困るようなことなんてなかった……」


「??」


 百砂は伏龍のそういう鈍感なところが嫌いだが、心を乱されている原因は別にある。

 将来の夫が見知らぬ女に唇を奪われたことが気に入らない。自分は最近になってやっと婚約するかどうかの話題が出始めたというのに、一度会っただけ接吻を済ますなんて破廉恥この上ない。

 頭の中は爆発寸前なのに伏龍は無神経な発言をしてくる、木槍を握る手はいつもより数段力が込められている。

 

「伏龍、あなた本当にどんな武器でも触れないの?」


「今百砂が使って木槍とか木の棒なら触れるけど……金属製の武器を触れないんだ」


 百砂は練武れんぶをやめて伏龍に近寄る。木槍を地面に置いて伏龍の両手を確かめるように触る。

 なんだかんだで自分のことを心配してくれる百砂のことを、伏龍は昔から姉のように慕っている。


「アタシ、何となくわかったかも!何で触れないか」


「本当!?」


盤古ばんこって知ってるよね?くっついてた天と地を剣で裂いた伝説の巨人」


 盤古ばんこはこの世界のあらゆる神話や伝説に必ずと言って良いほど頻繁に出てくる存在。

 かつては架空の人物だと思われていたが、彼の骸の一部が発見されたことで実在が証明された。

 伝説と冒険が大好物の伏龍はもちろん知っている。


「天地を裂いた剣から4匹の神獣が生まれた。後世で朱雀すざく白虎びゃっこ青龍せいりゅう玄武げんぶと名付けられた神獣は今でも謎に包まれている」


「麒麟は、朱雀の焔で作られた武器に触れるなって……」


 百砂は周りを何回か確認したと思ったら、今度は伏龍を彼の自室まで連れて行って扉に施錠した。


「今から言うことは誰にも言っちゃダメだからね!朱雀の王族にしか知らないことなんだから」


「え、じゃ……白虎王族の僕は知っちゃいけないのでは?」


「いいの! あなたが王位継承できなくても、アタシが女王になったら娶ってあげるから!伏龍が朱雀に婿入りすれば問題ないわ」


「えぇーー! 強引すぎるよ!」


「いいから、聞きなさい!……四神獣は人の世にそれぞれの大切なモノを残したと言い伝えられてるの。青龍白虎玄武は何を残したか知らないけど、朱雀が残したのはアタシの国にある原初のほむらよ!」


 焔、麒麟が言い残した言葉と一致する。

 本当に大事なことはまだまだこれからと言わんばかりに、百砂はさらに声を細めた。


「世界の最初の炎、朱雀の焔。その中にはこの世全ての武具の原型が入ってるわ……あらゆる武具を作る時に必ず加熱しなければいけない理由はそういうわけ、だから朱雀国はこんなにも繁栄できたのよ」

 

「こ、これ、本当に喋っちゃいけない秘密だよ!」


「最初にそう話したじゃない! もう知っちゃったんだから、伏龍は絶対アタシと結婚しなきゃいけないね!」


「なんでそんなに嬉しそうなの……」


「はぁー?伏龍は嬉しくないわけ!?」


「そういうわけじゃ……夢かどうかわからないけど、先約が」


「せ、せ、せせせせ先約!? アンタどうせあの麒麟とかいう泥棒ネコのことが気に入ってるんでしょ! アタシのことなんて好きじゃないんだ!!」


 怒る百砂は伏龍の腹に一発拳を入れる。

 床に倒れ込んで痛みに悶える伏龍は、赤面して部屋から逃げ出した百砂も彼女の溢れる涙も止めることができなかった。


 まだ十歳になったばかり少年に乙女心は難題すぎるようだ。

 今は正直将来の結婚なんかよりも、炎棘えんきょくの呪いをどうにかして解くことしか頭にない。


「このまま、役立たずなんかになりたくない……そうだ!あの耳飾り! あれを使ってもう一度麒麟に会って、呪いを解いてもらわないと!」

 

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